土壌の中に蓄えられた炭素の量は大気中の倍とも言われる。生態学者の伊勢武史は陸の炭素循環に着目し、温暖化予測の精度向上に挑んでいる。

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日本のエクスプローラー 伊勢武史 温暖化予測に挑む科学者

土壌の中に蓄えられた炭素の量は大気中の倍とも言われる。生態学者の伊勢武史は陸の炭素循環に着目し、温暖化予測の精度向上に挑んでいる。

文=伊勢 武史

 フィールド調査で訪れたカナダ北部のマニトバ州チャーチルは、北極海の一部であるハドソン湾沿岸の小さな町だ。そこには、湿原や遠くの山々が織りなす美しい景観が広がっていた。このまま温暖化が進むと、この光景はどう変わるのか、そんなことを考えた。

 私が進めているのは、地球の温暖化と陸上の生態系の関係の研究だ。フィールド調査に加えて、コンピューターによる温暖化予測と、その精度を向上させる研究に取り組んでいる。

 地球上の生命活動はすべて、炭素を介して行われている。生態系全体として、植物が光合成で吸収する炭素の量と、微生物が土壌有機物を分解して放出する炭素の量は、バランスがとれている。だから、気候などの環境条件に大きな変化がなければ、大気中の二酸化炭素濃度は極端に増えたり減ったりはしない。実際、地球では、最後の氷河期が終わってから1万年ほどの間、炭素循環のバランスは保たれていたのだ。

地球温暖化の最大の原因は炭素循環の乱れ

 この均衡が崩れたのは、18世紀に本格化した産業革命以降のことだ。石炭、石油、天然ガスといった化石燃料の使用により、数千万年以上にわたり地中深くに眠っていた炭素が呼び覚まされた。こうして大気に放出された炭素(二酸化炭素)は、地球の炭素循環のバランスをかき乱す。これが地球温暖化の最大の原因だ。

 温暖化によって引き起こされる生態系の変化を正確に予測できれば、未来に起こりうる事態がわかり、対策が立てやすくなる。予測のための有効な手法が、コンピューターによるシミュレーションなのだ。

 地球の気候を予測するには、大気と陸地と海洋を同時にシミュレーションし、相互の関わり合いをコンピューターのなかで再現する。だが現時点では、陸上生態系の予測に関しては精度が低く、これが正確な温暖化予測の障壁となっている。

 そこで私は、植物による生態系の炭素循環を緻密に再現する先進的なシミュレーションを研究中だ。また、人工衛星の画像データやフィールドでの観測データを、予測の精度向上に利用する取り組みも進めている。こうした複数の方向からのアプローチを通じて、陸上生態系の予測精度を上げ、温暖化予測をもっと正確なものにしていきたいと考えている。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2015年8月号でどうぞ。

編集者から

 伊勢武史さんとは、昨年の9月に初めてお会いしました。著書も読んでいたのですが、著書の文章そのままに、お話しても難しいことをわかりやすく丁寧に説明される姿が印象的でした。それから何度かお会いするうちに、伊勢さんはご自身の研究だけでなく、科学的なものの見方の大切さも伝えたいのだということを感じています。今月号の「日本のエクスプローラー」は、ご本人自らの寄稿というスタイルをとりました。限られた紙幅の中でしたが、地球温暖化が複雑で、思わぬところにも温暖化を加速する原因が潜んでいることを知りました。
 ところで、伊勢さんはコンピューター・シミュレーションを用いて自然を研究しています。こう書くと、どこかクールなイメージをもつ人もいるかもしれません。でも、もっとウォームなテーマも伊勢さんは研究しています。Webで連載中の、日本のエクスプローラー「伊勢武史 森で想う環境のこと・人のこと」に書かれているように、「人はなぜ森で感動するのか。(人間の)こころになぜその感覚が存在するのか」を解明することにも取り組まれています(伊勢さんは、京都大学の芦生研究林の林長なのです)。とても広範囲に世界を見て、そしてその壮大なテーマに挑まれているなと感じます。でも、こちらのテーマも確かに気になるし、ぜひ知りたい! 気鋭の科学者から、これからも目が離せそうにありません。(編集T.T)

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