ベトナム戦争中の激しい空爆で焦土と化したラオス。だが持ち前のたくましさで年に8%近い経済成長を続け、着実に復興を果たしつつある。

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ラオス 空爆の時代を越えて

ベトナム戦争中の激しい空爆で焦土と化したラオス。だが持ち前のたくましさで年に8%近い経済成長を続け、着実に復興を果たしつつある。

文=T・D・オールマン/写真=スティーブン・ウィルクス

 ベトナム戦争中、米軍は200万トンを超す爆弾をラオスに投下した。平均すれば1964~73年の9年間、8分ごとに1機の爆撃機が空爆した計算になる。この焦土から、ラオスはどのように復興を果たしたのだろうか。

 ベトナム戦争中、米国政府は何度か空爆の停止を発表した。だが米国内の弾薬庫から太平洋のはるかかなた、1万2000キロ離れた戦場へと至る武器弾薬の流れは、スイッチ一つで止まりはしない。
 ベトナムに落とされず行き場を失った爆弾は、ラオスに投下された。それは世界で最初の、武器の供給が原動力となった戦争だった。大量生産された爆弾は質が悪く、推定8000万個のボール爆弾が着弾時に爆発せず、不発弾として現在もラオスを脅かす。大型爆弾も、最大10%の不発弾が残っていると推定される。

今も人々の命を脅かす大量の不発弾

 ラオスの人々がいかに寛大でも、国内に大量の不発弾がある限り、爆弾の存在を忘れることはできない。この場合、忘却は死を意味するからだ。小さなボール状の爆弾はおもちゃのようだが、決して子どもに触れさせてはいけない。不発弾がもし爆発すれば、顔や手足を吹き飛ばされ、悪くすれば命を落とすことになるのだ。

 2014年、米国の連邦議会は不発弾の撤去のために1200万ドル(約14億4000万円)の予算を充てた。一方、ラオスの米国大使館の移転新築にかかる総費用は1億4500万ドル(約175億円)である。この金額の差には、米国の優先順位がよく表れている。自国の外交官の身の安全の確保には尽力するが、米国がラオスに対して行った過去の行為の責任は、ほとんど考慮されていないのだ。ラオスの国土にばらまかれた不発弾のほとんどは米国で製造され、米軍が投下したものだというのに。

 だが、ラオスの人々はたくましい。その精神は外国人にも自国の支配者にも、ついに屈することはなかった。今後も彼らは、たとえ頭上から何が降ってこようと、暮らしに役立つ何かに変えてしまうだろう。ベトナム戦争中にB52爆撃機が捨てていった燃料タンクを、ラオスの職人たちはスマートなカヌーに仕立て直した。その出来栄えの見事さは、英国ロンドンの帝国戦争博物館がコレクションに加えたほどだ。

 ラオス経済は現在、年に8%近い成長を続けている。人民革命党が率いる社会主義国という体制に変わりはないが、政府の指導層の役割は一変し、今や東南アジアにおける自由貿易圏の確立を推進している。ラオスは2020年までに国連の「後発開発途上国」リストから脱却することを目指している。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2015年8月号でどうぞ。

編集者から

 ベトナム戦争のときに米軍がラオスに激しい空爆を行ったことを、今回の特集で初めて知りました。投下された爆弾は200万トン以上。当時のラオスの人口を考えると、国民1人につき約1トンの爆弾が投下された計算です。爆撃の激しい地域では、人々が何年も洞窟やトンネルに隠れて暮らしていました。国土には今も数多くの不発弾が残り、人々を苦しめています。
 そんな重い過去と現実がつづられているのですが、読んでいてなんとなく明るい気持ちになるのが不思議です。それは記事に出てくるラオスの人々の、たくましさのおかげかもしれません。兵器のスクラップでスプーンを作る工房の主人や、不発弾で農地が使えなくなり移住してきた一家…。今や年に8%近い経済成長を続けるラオスの、「強さ」の一端に触れた気がします。(編集H.I)

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