- NOVEMBER 2019 -

ナショナル ジオグラフィック協会 写真資料室から

米国人女性が見た昭和初期の女性たち

 米国の教育専門家だったメアリー・ノース(右)は、1936(昭和11)年の夏から1年間、日本で歴史と社会制度を研究する機会を得た。水泳の前畑秀子選手がベルリン・オリンピックで金メダルを獲得し、女性の活躍が注目された年のことだ。ノースが執筆した1938年1月号の特集「働く日本の女性たち」には、洋装に身を包んだデパートの販売員やバスガール、劇場の案内係などが登場。埼玉県大宮にある製糸工場を訪れていた女性(左)も、緑色のスーツに茶色の帽子とブラウスという、当時、流行語にもなった「ウルトラモダン」ないでたちだ。


 とはいえ、実際にはまだ洋装と和装が混在し、外に働きに出ない妻たちのほとんどが着物姿だった。その背景の一つとして、「彼女たちの夫は、和装の方が好みなのだ」と記されている。だが、働きに出ていないといっても女性に休む暇などなく、夫や子ども、義父母の世話から冠婚葬祭の支度まで、すべてを切り盛りしなければならなかった。農村ではそうした家事に加え、野良着姿で赤ん坊を背負い、朝から晩まで農作業に明け暮れる女性たちが多いことにも、ノースは言及している。


「日本の女性は働き過ぎなのでは?」とある男性に尋ねると、彼は襟を正し、「それが日本の習慣なのです」と答えたという。80年余りたった今、ノースが覚えた違和感は、少しは薄らいでいるだろうか。

写真: MARY A. NOURSE