関東大震災からの復興を祝う「帝都復興祭」のために、皇居外苑に設けられた「奉迎門」。「門を通過する天皇陛下を一目見ようと、数多くの国民が詰めかけた」と写真の説明にある。(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より)

 9月1日は防災の日。この日が「災害に備える日」になったのは、関東大震災がきっかけだ。1923年(大正12年)9月1日、関東で大地震が発生、建物10万棟が全壊、20万棟以上が全焼し、死者・行方不明者は10万人を超えた。

 復興に向け、当時の政府は東京市街地の大改造を試みる。広い道路、立派な橋、西洋にならった建築物が次々に生まれ、震災から6年半後、ついに「帝都復興祭」が挙行される。ナショナル ジオグラフィック誌は1932年2月号特集『今日の東京(Tokyo Today)』で、その様子を伝えていた。

「東京では1930年3月末、関東大震災からの復興を祝う帝都復興の完成式典が催された。街は紅白幕や提灯で飾られ、視察に向かう天皇が通る大通りは、ひときわ華やかだ。これほど印象的な光景には、これまで出合ったことがない。皇居前広場には式典に列席する各国大使や大臣用の席が設けられ、その前にはフロックコートやモーニングコート姿の6万人もの人々が立ち並ぶ。早朝から集まった人々は、身じろぎもせずに沈黙を守り、うやうやしく天皇のお出ましを待っていた」

関東大震災からの復興を祝う式典に出席した後、東京市長に伴われて会場を出る昭和天皇。(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より)

「皇族たちが入場し、そして大礼服姿の天皇が現れた。きびきびとした身のこなしには、常に威厳が感じられる。天皇が壇上に立つと、一同は立ち上がり深々と礼をする。その光景は、そよ風に波打つ広大なトウモロコシ畑を思わせた。

 午後には盛大なパレードがあった。この日、地方から上京した人々の数は200万人にも達しただろうか。家族連れの農夫、老女や幼い子。ほとんどは和服姿で、物珍しげに辺りを見回す人々にとって、復興された東京は、初めて見る、まさに驚きに満ちた都会なのだ」

帝都復興を祝う花電車の行列。東京・日本橋の風景で、左手奥は百貨店の三越。(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より)

新しい東京に見られる二面性

 この記事を執筆したのは、米国の駐日大使だったウィリアム・R・キャッスル Jr.。帝都復興祭のころちょうど日本にいた彼は、変わりゆく東京をどう見ていたのか。

「帝都復興祭の光景は、新しい東京に見られる二面性の典型だ。洋装と、その下に垣間見える東洋の気質。どちらも近代日本の象徴であり、いずれを欠いても日本を理解することはできない。それが、1923年9月の大震災から奇跡的な復興を果たした新たな東京の姿なのだ」

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