一期一会の逆さ富士

英語版1936年4月号より

2021.07.28
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ナショナル ジオグラフィック英語版1936年4月号より。写真:KIYOSHI SAKAMOTO
ナショナル ジオグラフィック英語版1936年4月号より。写真:KIYOSHI SAKAMOTO
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 松林の向こうにそびえる富士山。その高嶺(たかね)に雪を頂いた姿が水面に映る。日本人写真家の坂本潔が撮影し、1936(昭和11)年4月号に掲載された1枚だ。静岡県富士市の田子の浦で夜明けに見えた逆さ富士だと、写真の説明に書かれている。「この入り江は芸術家や歌人にとって、霊峰の威容とじっくり向き合える人気の場所」とあるから、「田子の浦ゆ」で始まる山部赤人の有名な短歌が、坂本の念頭にあったのかもしれない。

 田子の浦から沼津にかけての駿河湾沿いには、千本松原が残っている。松林越しの富士山は今も見られるだろうか。そう思って、6月に田子の浦を訪ねてみた。JR吉原駅から工場地帯を通って3キロほど歩くと、港の向こうに富士山を望む場所に出た。

 右の山腹に突き出た宝永山は見える。しかし、山頂部に雪はほとんどなく、霊峰の手前に林立するのは工場のタンクや煙突だ。松林は海沿いに残ってはいるが、同じような風景は見つけられなかった。

 しかも水面は風で波打ち、逆さ富士も見えない。そういえば、写真の説明に「風の吹く日には、太平洋から打ち寄せる波が水面の反射を乱す」とも書かれていた。風景は一期一会。そう思うと、スマートフォンで撮った味気ない富士山もまた、いとおしく思えてきた。

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