二人の女性が眺めているのは花菖蒲(はなしょうぶ)。1921(大正10)年7月号に掲載された1枚で、東京の堀切(現在の葛飾区内)にあった菖蒲園の一つで撮影された。この地の菖蒲園は「日本で最も有名」だと紹介されている。
堀切は江戸時代後期から花菖蒲の名所として知られ、大正後期には小高園、武蔵園、吉野園、堀切園、四ツ木園という5カ所の菖蒲園が堀切にあった(写真がどれかは不明)。しかし、昭和に入ると、周囲の環境悪化や戦争の影響を受け、1942年までに堀切の菖蒲園は姿を消した。
だが、戦後に再開された菖蒲園が1カ所だけある。堀切園だ。戦時下の食糧難を解消するために水田化されていたものの、花菖蒲の貴重な品種は近隣の足立区に疎開されていた。終戦から8年たった1953年には、それらが植え戻され、菖蒲園は復活を遂げた。59年には都に買収され、75年には葛飾区に移管されて、現在の区立堀切菖蒲園となった。
京成電鉄の最寄り駅から菖蒲園へ歩いていくと、道沿いには「菖蒲七福神」の石像がずらりと並び、歩道や街灯には花菖蒲の絵があしらわれていて、堀切とこの花との深いつながりを感じる。現在の菖蒲園は首都高や住宅に囲まれているものの、一歩足を踏み入れれば、石碑や案内板からその長い歴史が伝わってくる。白や紫の花々が庭園を彩る6月には、大勢の人でにぎわうのだろうか。
この記事はナショナル ジオグラフィック日本版2022年6月号に掲載されたものです。
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