食糧の配給所に集まった女性たち。配給が減らされることもよくあった。(U.S. NAVY OFFICIAL/National Geographic 1946年6月号「古い太陽が沈む日本」より)

「ある日、少女が恥ずかしげに近づいてきて、ミカンを1つ差し出した。日本人の報復行為を恐れる恐怖心は、その瞬間、ほとんど消えた。これがほとんどの米国人が初めて出合った、驚くべき日本なのだ。「敵を憎んではいけない」という天皇の命令が絶対的に守られていた。しかし、この従順な日本人の特性こそが、同時に日本の民主化を複雑なものにする。

 国の力を盲目的に信じていた日本人は、米国の巨大な力によって、それが覆されるのを目の当たりにした。そこで日本人が出した結論は純真にも、米国のやり方のほうが優れているに違いないというものだった。それゆえに日本人は米国の占領支配を受け入れ、米国の意思に従い、より良い方法を学び、自らを順応させる努力を惜しまない。民主主義は目的に近づくための手段ではなく、それ自体が目的とされた。

米軍関係者にガムをねだる千葉市の子供たち。チョコレートは知っていてもガムを知る子は少なかったという。(JOHN BENNEWITZ/National Geographic 1946年6月号「古い太陽が沈む日本」より)

 日本人の協力的な姿勢は米軍関係者の任務を容易にした。かつて残忍だと教えられていた米兵がそのイメージとは対照的だったために、進駐軍は友達、あるいは解放者として日本人に受け入れられたのだろう。その事情を物語るのが、「シガレット」「チョコレート」「シャボン」の3つの言葉だ。貧しい身なりの日本人が、米兵からタバコ1箱(米軍内では6セント)を66セント~2ドル相当の日本円で買う光景は、米国人には理解できなかった。敗戦で大打撃を受けたにもかかわらず、多くの日本人が比較的裕福そうなのも不可解だった。

大幅賃上げを求める労働者。長い間抑圧されてきた労働運動が戦後広がった。(PRESS ASSOC INC/National Geographic 1946年6月号「古い太陽が沈む日本」より)

 日本のある新聞が「日本における民主主義」という題で懸賞文を募集した。優勝者の文章には民主主義をむやみと美化する言葉があふれていた。しかし、このコンテストが提起するのは、今の日本が抱える最も深刻な問題の一つなのだ。駐留軍は日本人に民主主義を約束した。日本人は民主主義が良いものだと確信したし、自分たちのものにしたいと思っている。しかし、日本人にとって民主主義とはいったい何だろう?

 学校は民主主義を教えたがり、子供たちは勉強したいと願うが、教科書もなければ情報も限られている。それでも彼らは、民主主義は良い結果をもたらすと信じている。ある中等学校の校長は言った。「私たちは平和を愛する国民になりたい。必要な法律ができ、何をすべきかを教えられれば、私たちは自由や平等、国としてのまとまりを手にするのです」

東京・有楽町の宝塚劇場で、娯楽に飢えた人々が歌やコメディーに長い列を作った。終戦2カ月後の1945年10月に撮影。(ERIC M. SANFORD/National Geographic 1946年6月号「古い太陽が沈む日本」より)

 日本では今、古い太陽が沈み、新しい太陽が民主主義とともに昇ろうとしている。それは近代的な顔をした民主主義で、この国に定着するには、きっとビタミン剤を服用する時のように処方箋が必要なのだろう」

 ここに記されていることは、あくまで当時の米国人記者が見た一方的な視線であり、事実とは異なる記述もあるだろう。しかし、元新聞記者だったウォリザーは、戦後1年もたっていないタイミングですでに、民主主義という枠組みだけを日本に移植することに違和感を覚えていたようだ。「米国の意思に従い、従順に受け入れた民主主義」を、私たちは今、自分たちのものにできたのだろうか。

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