• ルイ14世は、自らを太陽神アポロと重ねたことから太陽王とも呼ばれている。そのルイ14世が建造したのが、昇る太陽を追うように東西に延びる美しい宮殿だ。(PHOTOGRAPH COURTESY THOMAS GARNIER, EPV IN COLLABORATION WITH SKYDRONE)

  • 「鏡の間」。かつてはグランド・ギャラリーと呼ばれ、王宮で特に悪名高い部屋の一つだった。廷臣が通路や会合場所として使ったほか、王が70メートルほどの長いギャラリーを歩いて日々礼拝堂に通った。(PHOTOGRAPH COURTESY THOMAS GARNIER, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • 赤いダマスク織りで覆われた、目を見張るようなメルクリウスの間。もともとはグラン・アパルトマン(大居室群)内の儀式用寝室だったが、やがてベッドの代わりに様々な遊戯台が置かれた。まれに当初の寝室に戻されることもある。弔問のためにルイ14世の遺体が安置されたときもそうだ。(PHOTOGRAPH COURTESY CHISTOPHE FOUIN, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • オペラ劇場。計画には20年が費やされたが、建築は2年足らずで完成した。ルイ王太子とマリー・アントワネットの婚礼前に完成させるよう急がせたからだ。この豪華なホールは、革命前の40回ほどしか使用されなかった。莫大な費用がかかったことが、その一因。客席を一夜の間照らすには、3000本のロウソクが必要だった。(PHOTOGRAPH COURTESY THOMAS GARNIER, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • 宮殿最大のサロンは、赤と緑の大理石がはめ込まれたヘラクレスの間だ。ルイ15世の長女の結婚披露宴など、さまざまな舞踏会や晩餐会が催された。その夜は、たくさんの人と数千本のロウソクが部屋を埋め尽くしていたため、熱を逃がすために窓が壊されたという。(PHOTOGRAPH COURTESY CHRISTOPHE FOUIN, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • 1682年から1789年の間、国政に関する特に重要な決断は、宮殿内の閣議の間で行われた。ベルベットの肘掛け椅子に座るのは王だけで、他の大臣は折りたたみ式の椅子に座った。閣議が行われている間は、盗み聞きを防ぐために従者が外で見張りに立った。(PHOTOGRAPH COURTESY CHRISTOPHE FOUIN, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • 長さ約150メートル、高さ約13メートルという広いオランジュリー。樹木の冬越しのために作られた回廊は、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルから取り寄せられたオレンジの木で埋め尽くされ、ルイ14世の像も木々を見守っている。サン=シモン公によると、太陽王お気に入りの香りはオレンジの花だった。(PHOTOGRAPH COURTESY CHRISTIAN MILET, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • ベルサイユには、数千本のオレンジやレモン、ザクロの木がある。中には樹齢200年を超えるものもある。冬の間はオランジュリーに移され、夏になると幾何学模様になるようパルテール(観賞用の庭)に配置される。廷臣たちは、礼儀を示すためにしばしばルイ14世にオレンジの木を献じた。(PHOTOGRAPH COURTESY THOMAS GARNIER, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))

  • ラトナの泉。アポロ神の母ラトナに捧げられた泉となるまで、20年以上にわたり様々な改造が加えられた。ベルサイユにある他の泉は、すべてラトナの泉が水源になっている。(PHOTOGRAPH COURTESY THOMAS GARNIER, EPV IN COLLABORATION WITH SKYDRONE)

  • 王妃の寝室は、マリー・アントワネットが秘密の扉からベルサイユを逃れた1789年10月の姿を再現している。当時は秋だったが、華やかなシルクの壁掛けと明るい色使いは夏の飾りつけを反映したものだ。装飾は季節によって変えられたという。(PHOTOGRAPH COURTESY CHRISTOPHE FOUIN, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))