昔から、戦争や迫害、貧困、厳しい暑さや寒さを逃れ、人々は洞窟の中に安住の地を見つけてきた。岩を削ったり、地下深くに潜り込んだり、自然に開けられたほら穴を利用したりして、非友好的な外界と距離を置いたのだ。(参考記事:「【解説】世界最古の洞窟壁画、なぜ衝撃的なのか?」

 気候が厳しい地方では、洞窟の中の方が温度や湿度が安定していて過ごしやすい。オーストラリア内陸部にある鉱山の町クーバー・ペディの住人は、砂漠の酷暑を避けるため地下へ潜った。同様に、スペイン、グアディクスの人々も、丘の斜面に穴を掘って暮らしている。(参考記事:「マテーラの洞窟住居」

 戦時中に身を守るために洞窟へ逃げ込む人々もいる。初期のキリスト教徒たちは、ローマ帝国の迫害を逃れるためにカッパドキアの洞窟に住み着いた。毛沢東は、国共内戦にいたるまでの数年間、農村部を動員するために、陝西省(せんせいしょう)延安の洞窟を本拠地としていた。ヨーロッパでも、反体制運動の際には市民や兵士が洞窟に隠れた。第一次世界大戦中、フランスの兵士は石灰岩の採石場に身を隠した。

 農民や貧民、自分の家を建てることができない人々も、洞窟を住居にした。そのような洞窟はしばしば、文化を表現する場になった。1956年にチュニジアがフランスから独立すると、それまで数百年も地下の家に暮らしてきたベルベル人の多くが、近代化政策に伴って普通の住宅に移り住んだ。しかし現地では、ベルベルの文化を損なうことが本当の狙いだったのではないかと疑っている。

 洞窟住居は冷暖房のためにエネルギーをほとんど使わなくて済むため、普通の家よりも環境に優しいと考えられている。都市設計と計画に携わるリサーチ会社のなかには、都市がすでに抱えている土地不足などの問題を解消するため、地下住居が未来都市の形になるだろうと予測する者さえいる。シンガポールとメキシコにある企業は、地下住居に関する大規模な計画を推し進めてきた。(参考記事:「ナショジオだから行けた!究極の洞窟」

 洞窟は、困難な時代の避難場所となるだけではない。カッパドキアをはじめ、現在世界各地で洞窟が文化遺跡として保存されたり、レストランやホテルに改造されている。

文=GAIL FLETCHER/訳=ルーバー荒井ハンナ

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