• 2021年8月15日、アシュラフ・ガニ大統領の国外脱出からわずか数時間後に、大統領府を占拠したタリバンの戦闘員たち。現在、アフガニスタンの政権はタリバンが掌握している。(PHOTOGRAPH BY ZABI KARIMI, AP)

  • 1839年、英国はアフガニスタンに侵攻し、シュジャー・シャーをアフガニスタンのアミール(首長)として王位に復帰させた。しかし、1842年にシュジャー・シャーは暗殺された。英国は3度にわたってアフガニスタン併合を試みたが、その目的はロシアの領土拡大を阻み、インドにおける植民地の権益を守ることだった。(LITHOGRAPH VIA ALAMY)

  • 1880年、第二次アフガン戦争(アングロアフガン戦争)のマイワンドの戦いにおいて、英国軍とインド軍を撃破するアフガニスタン軍。(ILLUSTRATION VIA HULTON ARCHIVE/GETTY IMAGES)

  • カイバル峠付近で、アフガン人捕虜を監視するシーク教徒の兵士。1878年、英国はアフガニスタンに侵攻した。その直前、アミールであるシール・アリー・ハーンはロシアの使節には接見したものの、英国外交団の入国は拒否していた。(PHOTOGRAPH VIA CAMERA PRESS/REDUX)

  • 1928年、トルコの大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクと一緒に手漕ぎボートに乗る、アフガニスタンの国王アマーヌッラー・ハーン(中央)。アマーヌッラーは英国からアフガニスタンの自由を勝ち取り、近代的な改革を導入したが、後にそれが原因となって国外に追放された。(PHOTOGRAPH VIA CHRONICLE/ALAMY)

  • ソビエト連邦もまた、アフガニスタンへの影響力拡大を試みた。1955年、アフガニスタンの首相サルダール・ムハンマド・ダーウード・ハーン(左の帽子の男性)とともにアフガン軍を視察する、ソビエトの指導者ニキータ・フルシチョフ(中央)。(PHOTOGRAPH VIA AP)

  • アフガニスタン最後の国王ムハンマド・ザーヒル・シャーは、1973年、無血クーデターによって退位し、亡命した。米国がタリバンの勢力を抑えた後はアフガニスタンに戻り、2007年に死去した。(PHOTOGRAPH VIA KEYSTONE-FRANCE/GETTY IMAGES)

  • 1980年、互いに挨拶を交わすソビエトとアフガニスタンの兵士たち。1978年に起こった共産主義者によるクーデターは、最終的に1979年のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入を招いた。(PHOTOGRAPH VIA TASS/GETTY IMAGES)

  • 1981年、ソ連によってアフガニスタン大統領の座に据えられたバブラク・カールマルと一緒に、クレムリンで自身の誕生日を祝うソビエトの指導者レオニード・ブレジネフ(右)。(PHOTOGRAPH VIA LASKI DIFFUSION/GETTY IMAGES)

  • 1983年、アフガニスタンの戦闘員と会い、同国におけるソ連による略奪行為について話し合う、米大統領のロナルド・レーガン。米国は1980年から反ソビエト派への武器の供給を開始していた。(COURTESY OF RONALD REAGAN LIBRARY VIA AP)

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