• 米国ニューヨーク市ロングアイランドに住んでいたジョー・ハンターは、大学で経営学の学位を取得したが、幼い頃からなりたかったのは消防士だった。2001年9月11日午前中のテレビニュースで避難者を誘導するために世界貿易センター(WTC)の南棟へ出動するニューヨーク市消防局の消防士たちが映し出されたが、そこにハンターの姿もあった。南棟が崩れたとき、ハンターは同僚とともに命を落とした。およそ5カ月後、彼のヘルメットが見つかった。(COURTESY BRIDGET HUNTER AND FAMILY)

  • 救急救命士のベンジャミン・バディヨとエドワード・マルティネスはWTCに1機目が突入した直後、現場に出動した。マルティネスが生存者を探す間、バディヨは救急車内に残っていたが、轟音(ごうおん)とともに「ビルの最上部が落ちてくる」のを目撃した。マルティネスはがれきで負傷し、病院で緊急手術を受けて一命を取り留めた。バディヨは「同僚の名前を叫びながら」辺りを探し回ったことを覚えている。救急車は壊れたが、地図帳の一部は残った。(COURTESY THE PORT AUTHORITY OF NEW YORK AND NEW JERSEY)

  • ガリーのように「自分なりの追悼の気持ち」を表したいと考える人々がいたと、9.11メモリアル&ミュージアムの主任学芸員ジャン・サイドラー・ラミレスは話す。ガリーは2012年にズボンを寄贈する際、あの日、宙に舞っていた無数の紙切れのなかから、無意識のうちにつかみ取ってポケットに突っ込んだ1枚の書類を添えた。それは、航空機の直撃を受けたフロアにあった保険会社の送り状で、縁が焦げていた。(GIFT OF GREG GULLY, EMT)

  • WTCの跡地「グラウンド・ゼロ」のがれきの中から犠牲者の遺体を見つけ出す作業は、9カ月にわたって続けられた。その後2006年になって、ニューヨーク市検視局はWTC跡地で遺体の捜索を再開。 上の写真は、その際に発見された数多くの遺留品のごく一部だ。割れて、泥のこびりついたコンピューターのキーボードは、北棟に入居していた投資持ち株会社で使用されていたもの。(COURTESY THE PORT AUTHORITY)

  • WTCの跡地「グラウンド・ゼロ」のがれきの中から犠牲者の遺体を見つけ出す作業は、9カ月にわたって続けられた。その後2006年になって、ニューヨーク市検視局はWTC跡地で遺体の捜索を再開。 上の写真は、その際に発見された数多くの遺留品のごく一部だ。食品を保存するプラスチック容器の蓋も見つかった。(COURTESY THE PORT AUTHORITY)

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