• カナダ、サスカチワン州にあったマリバル先住民寄宿学校の元生徒ディーディー・レラットさんは、「自分に注意が向くのが怖くて、トイレへ行きたいと申し出ることすらできませんでした」と語る。写真家のダニエラ・ザルクマン氏は、学校跡地に生えていた草を撮影し、レラットさんの横顔に重ねて、この写真を作成した。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • クアッペル先住民寄宿学校があったサスカチワン州のレブレット村。学校の建物はほとんど取り壊されたが、この写真の右端に写る建物だけは、今も残っている。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • クアッペル先住民寄宿学校の創立者ジョセフ・ヒューゴナード神父の像は、2021年6月21日に撤去された。神父の両脇に立つのは、民族衣装を着た髪の長い先住民の子どもたちだが、民族衣装も長い髪もクアッペルでは禁じられていた。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • 1987年から1990年までマリバル先住民寄宿学校の生徒だったマーセル・エラリーさん。27回逃亡を試み、時にはこの写真に写っているようなフェンスを乗り越えて自由を得ようとしたが、そのたびにつかまって連れ戻された。虐待の記憶から逃れるため、学校を出た後は酒に溺れたと話す。「刑務所へ入ってもなんとも思いませんでした。学校が既に刑務所のような場所でしたから」(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • 1954年から1962年までマリバルの生徒だったセリナ・ブリテインさん。「彼らは、自分たちの生き方へ同化させることで私たちを助けているんだと本気で思っていたのでしょうね。おかげで私たちは、全く別のものに変えられてしまいました。それまでの私たちの生き方には何も悪いところなどなかったのに。そのことを、彼らは今もわかっていないんです」。ブリテインさんの背後に写るのは、学校の隣を流れていたクアッペル川の風景。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • カナダ、サスカチワン州パニッチーのゴードン先住民寄宿学校跡地に建つ記念碑。連邦政府が運営する最後の寄宿学校だったが、1996年に閉鎖された。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • 廃墟と化しているものの、今も残るマスコウェクワン寄宿学校の建物。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • レジナ先住民工業学校跡地に、今残っているのは墓地だけだ。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • 1952年から1960年までマリバルの生徒だったジャネット・デュフォーさん。「私は醜く、おとなしい生徒だったので、神父に性的暴行を受けていました。最も弱い生徒たちを標的にしたのだと思います」と話す。「今でも秋は嫌いです。学校へ戻ることが恐怖だった当時を思い出すからです」。デュフォーさんの写真に重ねられた線路は、学校を逃げ出して都会へ行くことを夢見ていた当時の心の状態を表している。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

  • カナダのサスカチワン州ビューバルで開かれた「真実と和解調査委員会」による「話を聞く会」で、輪になって祈りをささげる先住民の長老たち。委員会は、カナダ各地で同様の催しを開いてきたが、その最後となるこの集会では、ビューバル寄宿学校(1895年から1983年まで開校)の生存者たちが数日間にわたって当時の経験を語った。(PHOTOGRAPH BY DANIELLA ZALCMAN)

この写真の記事

 1880年代に、先住民の子どもたちをカナダの文化へ同化させることを目的に寄宿学校が作られ、15万人以上の子どもたちが入学させられた。1996年に最後の寄宿学校が閉鎖されたが、先住民社会はその痛ましい遺産に今もさいなまれている。

文=BRANDI MORIN/写真=DANIELLA ZALCMAN/訳=ルーバー荒井ハンナ

おすすめ関連書籍

ピュリツァー賞 受賞写真 全記録 第2版

米国内で発表された優れた報道・作品に授けられる「ピュリツァー賞」。時代を映す報道写真集の決定版に、2015年までの最新受賞写真を加えた改定版。

定価:4,290円(税込)