地球のいのち

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“砂漠で発見した「命の輝き」”

海外の風景をモチーフにした幻想的な作品、独自の手法によるダイナミックな抽象画。日本画が抱かれがちな“静かな”“淡い”イメージを覆す作品を発表し続けているのが、現代を代表する日本画家・千住博さんです。作品を生み出すため、世界各地の辺境と呼ばれるような地域にも足を踏み入れ、風土を体感し自分のものに咀嚼するなかで、「命」の輝きを感じることがあると話します。ありのままの地球から美を感じ取るプロの目に、「命」の放つ光はどのようにうつっているのでしょうか。

死を思わせる空間でこそ、「命」の喜びが感じられるから・・・

例えば水の流れ落ちる様子を描いた作品「フラットウォーター」を拝見しただけでも、躍動的で、地球の胎動のようなものが感じられます。千住さんご自身で、「命」の輝きを感じたようなご経験はおありなのでしょうか。

 いろいろありますよ。

 例えばリビアの砂漠に行ったときがそうです。90年代の終わりに、大徳寺聚光院という茶道の聖地のような名刹の、別院の襖絵を描くことになりました。別院には茶室が二つあって、それぞれの襖絵ということで「生」と「死」をテーマに描こうと考えたんです。

 「死」の風景で私が最初に思いついたのが、砂漠でした。地球上のすべての生き物は、水がないと生きていけない。その水が欠乏している砂漠こそ、死の景色なのだと。そこで、世界で一番過酷な砂漠といわれるリビアへ、しかも砂嵐の季節である2月に出かけました。当時はまだ、治安もそれほど悪化していなかったので行けたわけです。

 ところが「死」を描くために出かけた私の目にうつったのが、圧倒的に美しく広がる砂漠の景色でした。あまりの美しさに私は思わず駆け出してしまった。すると、まったくの無音の世界に、自分の「はぁはぁ」という息の音だけが聞こえる。そして水のない空間のなかで汗がにじむ。「死」を見に行ったはずなのに、突きつけられたのが「自分が生きている」という実感だったのです。やがて喉がかわいて水が欲しくなる。水を飲めることの喜び、水に対する感謝。砂嵐から身を守るためにマフラーをかぶると、自分の鼓動が聞こえる。目の前にはただただ砂の景色、上には青い空。ここは宇宙の一部であり、自分は宇宙に生まれここにいる。それだけで素晴らしいのだと感じた。砂漠には、水蒸気を唯一の水分として生きている昆虫や、1年に1回降るかどうかの雨だけを待って生きている植物もいる。「死」の空間だと思っていた場所は、実は「生きる」ことへの挑戦が繰り広げられている舞台であり、自分が生きていることを確認する場所なんだと思いました。それで、砂漠の風景を「生」の風景として描くことにしました。

極限の砂漠で、「命」の輝きを発見したのですね。ところで「死」の絵はどうされましたか?

 それが困ってしまったんですよ(笑)。

 ただ「生」と「死」を考えているうちに、この二つはつながっているものだという考えに至り、中国の画論を思い出した。そこでは、究極の風景というものを「ここで死んでもいい」と思われる風景だと説いている。つまりパラダイスであり涅槃、あの世です。圧倒的に美しい風景こそが、「死」の襖絵にふさわしいと。

 地上で美しい風景といえば、水と森。水は生命に欠かせないものですが、洪水になると一瞬で多くの人の命を奪う。近年、気候変動で大規模な洪水が増えていることも踏まえ、ある種のメッセージを盛り込んで、洪水の風景を「水の森」という死の世界として描きました。

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