地球のいのち

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自然界のシステムを理解すれば
現在の危機はチャンスになる

正しい生態系を維持するにはどうしたらよいでしょうか?

 「生態系の最適条件」とは、すべての生理的な欲望を満足させる少し前の、少し厳しい、少し我慢が共有される状態を指すものです。今から文明を否定しても、原始時代に戻れるわけがありません。文明社会が進めば、人間がその欲望を満たすのは当然の流れでしょう。

 しかし、人間には欲望もありますが、英知もあることを忘れてはいけません。全部の欲望を我慢する必要はなく、極限の少し手前で押しとどめるという英知を使うべきでしょう。危険なのは野放しの欲望であり、文明はその欲望を際限なく満たそうとします。

 いくら素晴らしい文明でも、その文明に目が眩んでは地域からグローバルにダイナミックに安定持続している生態系を壊してしまう。そうなってからでは取り返しがつきません。また、競争、我慢、共生という最低限の生物社会の掟や正しいエコロジカルな状況を考えるのに、頭や研究所の中だけで考えているのは危険です。

 一番よいのは頭だけで考えるのではなく、カラダを動かしながら現場で正しい生態系を学び、実践することなのです。

実践していくためには、木を植えるのが一番であるということですか?

 私は「木を3本植えれば、もう森」と言っています。「5本植えれば森林」でしょう。木を3本、5本植えることができない場所なんてありません。

 しかし肝心なことは、単一な木を植えるのではないということです。土地本来の主木群を主にできるだけその森の構成樹種群のいろいろな木を「混植。密植する。」自然の森は、いろんな木が混ざり合ってできている。この多様性が生物社会のもうひとつの掟です。

 人間も同じでしょう。いろんな人間が混ざり合って社会を作るわけです。森も同じです。この「混ぜ・密植する」ことによって、幼木群は密度効果をもたらし、厳しい環境下の「我慢」が必要になり「共生」が生まれ、木がたくましく育つ。その競争・我慢・共生こそが、正しい生態系を形成していくのです。

 地球上の植物は、すべてのいのちの基本です。これがなければ地球上には酸素もできません。牛乳や肉などの食料も元は植物です。資源エネルギーの石油、石炭、地中ガスも元は植物、空気を汚す二酸化炭素を吸収してくれるのも植物。植物はあらゆる生ものの母体です。つまり、森に守られて人間は生き延びてきた。

 森は人間の重量の何百倍、何十倍もの炭素を蓄え、人間より何億年も前から生きています。緑の植物が光合成によって太陽のエネルギーを炭水化物に変え、私たちに食物を与えてくれます。つまり森の消滅は食物も消滅することにつながり、人類の消滅を意味します。言い換えると木さえあれば、人間や他の動物も生きていけるのです。これが、植物だけが地球上で唯一の生産者であるという真理です。今、人間は文明の中でぬくぬく暮らしてきたせいで、このあたりのことを本能で感じることができなくなってしまいました。

 もう一度言います。なぜ木を植えるかというと、長い間人類を守ってきてくれた森を再生する目的と、人間自身が正しい生態系を見直して、本来備わっていた本能を甦らせ感性を研ぎ澄まし知性をより高める必要があるからです。

ところで今の経済の衰退はどうでしょうか?

 銀行マンや商社マンに「お金のプロなら、せめてドルやユーロと円の動向を正確に予測したらどうなんだ」と尋ねたことがあります。すると「先生、それができたら苦労はしません」と言う。コンピューターをいくら駆使しても正確な予測は望めないのです。

 また、バブル絶頂期に不動産会社から「先生、今は安いから買いなさい。絶対に値上がりするから」としきりに物件をすすめられました。しかし実際は、それからわずか数年で不動産市場はガタガタになってしまいました。

 現在の経済危機で、トヨタ自動車でさえ赤字に陥っています。トヨタはこれまで植樹や環境保全活動に積極的に取り組んできました。私はトヨタの社長や副社長、担当の専務の方に「40億年の地球のいのちの歴史は何百回ものビックバーンと言われるような大異変危機が繰り返され、それをチャンスに進化し、発展してきた。今、あなたがたが森作りをやめれば偽物だ。」と手紙を書きました。するとすぐに丁寧な返事がきました。「経済的にきわめて厳しいが、木は植えます、社員で木を植え続けていきます。」と・・・。

 生物の社会では「危機はチャンス。本物は長もちする」という原則があります。生物の危機は本物と偽物を峻別する自然の厳しいふるいである。ある種の絶滅は、別の種の繁栄につながるからです。

 6500万年前、恐竜は忽然と地球上から姿を消してしまいました。ホモ サピエンス L.※5(ヒト)が出てきたのは、絶滅した大型獣、恐竜などがいた時代が去ってからです。なぜなら、それまで哺乳類は森の中を逃げ回り小さくなって暮らしていたからです。猛獣を避けて、木の実を採り、若草を摘み、小川の魚を獲ったり、海岸に住むヒトは貝を獲って生き延びてきました。恐竜の絶滅の大異変こそが、人類を含む哺乳類にとってのチャンスだったわけです。

 人類の歴史は約500万年ですが、地球のいのちの歴史を1年に例えると、人間の歴史はほんの何分間か何十秒間にすぎません。しかも500万年のうち499万年は、そのように森の中やまわりで生きてきたのです。

 それに比べれば、技術革命や経済活動という問題にしても、わずか1000年、いや300年、100年の話でしょう。コンピューターが登場したのは数十年前の話で、長い地球のいのちの歴史の中ではほんの一瞬のことです。

 職を失っては困るが、生きていければよい。生物学的に言うと「続けてこられたこと」が人間も他の動物も同じなのです。今やっていること、子どもを増やすこと、生きていることも同じ。何も違いはないのです。たとえ経済がどうなったと騒いでいても、私たちは人類の歴史の中で物とエネルギーでは「最高の生活」を現在手にしていることに変わりはないのです。

 現在の危機を言い換えると、頭だけに頼った危機と言えるかもしれません。
その昔、人は森の中で四本足で歩いていた※6、その後森から出て、二本足で立ち、手を自由に使い、大脳皮質の異常な発達によって道具を発明し、土、石、銅、鉄から原子力を扱えるまでに発展した。今の危機は全部、大脳皮質の一部ですべてに対応してきた結果です。

 しかしカラダは頭と手だけではない。今のように、頭の一部だけで対応するのは非常に危険な状態です。「カラダ全体を使え!」と言いたい。そうすれば現在の危機は、決して危機でなくむしろチャンスです。

 いのちの尊さ、明るさ、厳しさ、素晴らしさを知るには現場に行くことに尽きるでしょう。子どもから熟年者まで、自分の足で歩いて調べる。私は木を植える。理屈をこねる前にカラダを通して生きている幸福をすり込ませる。チャレンジするたびに新しい希望、新しい感動、達成感、満足感が満たされていくでしょう。

※5 ホモ サピエンス(homo sapiens L.) 「ヒト」、「人間」は生物学上の呼び名。

※6 人は森の中で四本足で歩いていた 猿人と人とを区分する境界線を二足歩行にする場合が多い。

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