/2004年9月号

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特集

温暖化1
大地と海のシグナル

SEPTEMBER 2004


カギを握る海の大循環

 海で起きている異変は、海面の上昇だけではない。90年に10年計画でスタートした国際的な研究「世界海洋循環実験」で、「海のベルトコンベヤー」と呼ばれる海洋の大循環のメカニズムがより詳しく分かってきた。

 海では、人体の循環器系のような仕組みが働いている。海流が地表の気温や湿度に大きな影響を与え、赤道地方から両極地方に向けて熱を運ぶ役目もしているのだ。

 この海流は主に、水温や塩分濃度で変動する密度差と、海面を吹く風によって生じる。このうち密度の違いによって生じる世界規模の大循環を「熱塩循環」と呼ぶが、これがベルトコンベヤーの動力源の働きをしている。

 大西洋の熱帯海域にある温かく塩分濃度の高い海水は、メキシコ湾流のような海表面近くを流れる海流に乗って、北極方面へ向かう。この海水が北大西洋の北端に達するころには、大気中に熱を放出して水温がかなり下がっている。

 塩分の濃い水が冷えると密度が高くなるため、海水は海表面近くから深い所へ沈み込む。海表面にはそれに代わる海水が流れ込み、深く沈んだ冷たい水は南大西洋やインド洋、太平洋へと流れて、再び温かい水と混じり合い、海表面近くに上がってくる。

 海水温と塩分濃度が急変すれば、この熱塩循環に大きな影響を及ぼしかねない。海水温は、どこの海でも上昇している。予想より深い所でも同じことが言えると米海洋大気局(NOAA)の科学者たちは報告している。

 米マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋研究所の所長ロバート・ガゴシアンによると、地球の気候が劇的に変わるとすれば、その変化のカギを握るのは海洋だ。海水温と塩分濃度が大幅に変われば、海のベルトコンベヤーが遅くなったり、場合によっては止まってしまうかもしれないと、ガゴシアンは警告する。そうなれば、10年程度の短い期間に、気候が劇的に変わるだろう。

 熱塩循環が将来断たれることは不安な要素だが、今のところ、それはまだわずかな可能性にとどまっている。しかし、大気の化学組成の変化が海の変化と関係があることは議論の余地がないと、バミューダ大西洋時系列観測所の主任観測員ニコラス・ベイツは話す。

 大西洋のバミューダ諸島にあるこの観測所は、バミューダ三角海域の南東のサルガッソ海で、深海の水の温度と化学組成、塩分濃度を継続的に観測している。

 海は二酸化炭素の大きな貯蔵庫で、人間の活動で排出されたうちの約3分の1を吸収している。バミューダでの観測データによると、海表面近くの二酸化炭素濃度が、大気中の二酸化炭素とほぼ同じペースで上昇している。

 だが、ベイツがさらに大きな異変に気付いたのは海のもっと深い所だ。水深250~450メートルで、二酸化炭素が海表面の2倍近いペースで増えているのだ。「この深さで何か根本的な変化が起きているはず」と、彼は語る。

世界各地で空気を採取、分析

 ベイツらが海の変化を監視する一方で、大気中の二酸化炭素濃度を測る人々もいる。

 アイスランドのベストマンナ諸島では、灯台の職員が大きな銀色のケースを開け、長さ4.5メートルの管を伸ばす。コンピューターでモーターやバルブを制御し、ケースに収まった2.5リットル入りのフラスコ2個に空気を入れる。アフリカ北部、アルジェリアのアセクレムにある修道院でも、修道士がこれと同じことをしている。大気を構成する気体を分析するため、世界各地で空気を採取しているのだ。

 週に1度の採取が終わると、すべてのフラスコが米コロラド州ボールダーに送られる。ここで、NOAAの気候監視・診断研究所に勤務するオランダ生まれの大気科学者ピーター・タンズがフラスコ内の空気の化学組成を調べている。このデータを基に、世界全体の大気の状態を診断しようというのだ。

 研究所内を案内しながら、タンズは大気の継続監視の短い歴史を話してくれた。1950年代末にチャールズ・キーリングという研究者がハワイの標高4169メートルの火山マウナ・ロアで、大気中の二酸化炭素を計測し始めた。キーリングが最初に注目したのは、二酸化炭素濃度が季節によって変動することだった。

 これは考えてみれば当たり前のことだ。春と夏には、植物は光合成で二酸化炭素を取り込み、大気中に酸素を放出する。秋と冬には、光合成で取り込むより、呼吸で放出する二酸化炭素が多くなる。そのうえ植物が枯れて腐ると、さらに二酸化炭素が放出される。キーリングが発表した、二酸化炭素の季節変化のグラフは、地球が“呼吸している”ことを目に見える形で表したものとして有名になった。

 地球の呼吸に関する別の現象が、キーリングの注意を引いた。二酸化炭素の濃度は季節的に変化するだけでなく、年々上昇しているのだ。キーリングが観測を始めた1958年は約315ppmだったが、現在375ppmを超えている。

 最大の原因は明らかだ。工場や家庭で使うエネルギーを得るため、また自動車を走らせるために、人間が炭素を含んだ化石燃料を大量に燃やしてきたからだ。

 主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタン、一酸化二窒素の過去1000年の濃度変化を示すグラフを、タンズが見せてくれた。地球は太陽から受けた日射による熱エネルギーを、放射する形で宇宙に返している。

 放射は地表の温度を下げる効果があるが、大気中の温室効果ガスが放射された熱を一部吸収することで、地表付近で気温が低下し過ぎるのを防ぐ。温室効果ガスが微妙なバランスで存在していなければ、地球は生物が暮らせない冷たい惑星になっていただろう。

 こうした温室効果ガスの増加が気候変動の根本的な原因になっているということは、タンズをはじめ大半の科学者に異論のないところだ。三つの温室効果ガスの濃度変化を示すグラフは、ほぼ同じパターンをたどっている。産業革命の起きる1800年代の半ばまではおおむね横ばいだが、その後三つとも上昇に転じ、1950年以降はさらに急速に上昇している。

 「これが私たち人間のしたことです」と、タンズは右肩上がりの3本の線を指さす。「人間は、大気中の温室効果ガスの濃度を大きく変えてきました。この濃度の増加が気候に大きな影響を及ぼさないはずがない」

 温室効果ガスの増加が、自然の様々なサイクルにどれほどの影響を及ぼすかは、引き続き大きな問題として論議されるだろう。グラフの線が上昇を続けるなら、なおさらだ。

 ユージーン・ブラウワーは、イヌピアットと呼ばれる米国アラスカ州の先住民で、バロー捕鯨船長協会の会長を務めている。彼は二酸化炭素濃度や海面の上昇を測定する精密機器など持たないが、自分たちを取り巻く環境が変わりつつあることを実感している。

 「こうやって話している間にも、どんどん変化しています」。8月末のある日、米国最北の都市バローの自宅周辺をドライブしながら、56歳のブラウワーは語った。彼がトラックで案内してくれたのは、家族が伝統的に使っている氷の地下貯蔵庫。固い永久凍土を掘って作ったものだ。そこには、マクタックと呼ばれる食用のクジラの皮と脂肪層が貯蔵されているが、最近では秋になると氷が解け、貯蔵庫に水滴が落ちるため、マクタックが傷んでしまうという。

 続いて、私たちは浸食の進んだ海岸へ行き、海を眺めた。「本来なら今頃はもう流氷が来ているはず」と、青い水平線を見やりながら、ブラウワーは言った。

 研究者たちはかなり以前から、温暖化の影響が真っ先に最も顕著な形で表れるのは高緯度地方だと予言していた。気温と海水温の上昇で、雪解けの時期が早まり、凍結の時期が遅くなる。海氷が減り、永久凍土が解け、浸食が進み、嵐が激しくなる。アラスカではすでにこうした影響がすべて観測されている。

 「ここでの変化は、地球の他の地域の将来を暗示する警報です」と、オーストラリア人研究者のアマンダ・リンチは話す。リンチが主任研究員を務めるプロジェクトでは、バローの住民が科学的なデータに基づいて町の危機的なインフラを管理できるように手助けしている。

 この極地を離れる前、私はバロー岬まで一人で車で行ってみた。アラスカの北端に当たり、チュコート海とボーフォート海を隔てる位置にあるこの岬には、漁に使う小屋が点在している。

 ある小屋の脇の砂地に、高さ2.5メートル程の白い流木が3本立ててあり、その上にクジラのひげが飾られていた。クジラのひげは、ヒゲクジラ科の仲間が海中のプランクトンをこしとるのに使う器官だ。流木の上に飾られたそれは、奇妙にも、暖かい地方で見られるヤシの葉のように思えた。

 アラスカ北部の浜辺に立つ3本の作り物の“ヤシの木”。それはイヌピアット流の手の込んだジョークかもしれない。だが、この北極圏の“ヤシの木”は、あたかも温暖化する地球の未来を暗示しているようだった。

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