/2004年2月号

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特集

日本が受ける
温暖化の影響

FEBRUARY 2004

文=芳尾太郎(日本版編集部) 写真=TAIJI IGARASHI


球温暖化に対しては様々な対策が必要だが、温暖化の行方をできるだけ正確に予測することも大切だ。今、日本の公的研究機関は様々な予測と影響評価に着手し、今後の対策を練ろうと努めている。(この記事は2004年2月号に掲載されたものです。)

 全人口の48%が海に面した市町村に暮らす日本。温暖化による海面上昇や気温、海水温の上昇は、私たちの生活や農業や漁業に変化を与える。

 日本は米国と中国、ロシアに次ぐ世界第4番目の炭素排出国で、その排出量は年間3億トン以上と推定されている。アフリカ全域や中南米全域で排出される炭素を上回る量だ。

 炭素の排出、つまり大気中へ二酸化炭素などの温室効果ガスを排出することで、地球温暖化は起こる。その兆候は私たちの身の回りにすでに表れ始めていて、桜の開花が早まったり、紅葉が年々遅れている。クマゼミやナガサキアゲハといった南方種の昆虫が北上し、関東でも見られるようになってきた。

 国連機関が設置した「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の報告書(2001年)では、1990年から2100年までの間に世界の平均気温は1.4~5.8℃上昇し、海面は9~88センチ上昇すると予測している。この予測はいくつかの炭素排出シナリオに基づいていて、リサイクルやリユースを徹底した循環型社会が実現した場合のシナリオも含まれる。それでも、過去100年間の気温上昇0.6℃に比べて、数倍以上のペースで温暖化は加速するとの予測だ。

 気象庁の気象研究所は地域的な精度を高めた最新予測を2003年に発表、2080年までに日本沖合の海面は最大40センチ上昇し、海水温は三陸沖で最大5℃上がるとしている。

 「必要なことは、温室効果ガスの排出を減らすことと、今後生じる変化に適応することです」と、国立環境研究所の原沢英夫さんは言う。

 京都議定書で温室効果ガスの削減目標が設定され、日本でも6%の削減に向けた取り組みが始まり、燃料電池技術や二酸化炭素の地下貯蔵技術などの開発も進んでいる。

 一方で、今後進行する温暖化の影響にいかに適応するかという対策も急務となっている。「対策を考えるために、影響がどれほどなのか、どこまでいくと被害が大きくなるのかという閾値を把握する必要がある」と、茨城大学広域水圏環境科学教育研究センター教授の三村信男さんは話す。ここにきてようやく、独立行政法人などの研究機関によって、温暖化の影響が具体的に予測されるようになってきた。

大型化する台風の災害対策

 海面上昇は、沿岸域の土地利用度が高い日本にとって大きな問題だ。日本の海岸線は、全長3万4390キロ。人口の48%が海に面する市町村に暮らし、工業出荷額の48%、商業販売額の62%がこの地域に集中している。満潮時の水位よりも低い土地に200万人がすでに生活しており、そこに54兆円相当の資産があるとされる。海面上昇の兆候と思われる現象も起こっている。広島県の厳島神社では、国宝の回廊の床近くまで潮位が上がって拝観できなかったり、東京や大阪を流れる河川では水上バスが橋の下すれすれを通る日もある。

 海面上昇は、地震や台風など災害時の被害を拡大する可能性がある。海面上昇によって沿岸地域の地下水位の上昇や塩水化が起こり、地盤が脆弱になる恐れがあるからだ。

 IPCCの予測によると、温暖化が進むと台風の発生回数は減るが、それぞれが大型化するという。実際、国内でも台風や梅雨に起因する集中豪雨などの災害は増加傾向にあると、防災科学技術研究所は報告している。「温暖化をきっかけに気候が急激に変動する度合いが大きくなっていると考える研究者が増えています」と、国立環境研究所の原沢さん。海岸上昇で脆弱になった沿岸地域に、大型になった異常気象が襲えば、災害は大きくなる。

 「問題は、これまでの防波堤や防潮堤といった災害防止施設が設計時に温暖化の影響を考慮されていないこと。現在、海面上昇時に被害がどれほど拡大するかの評価を進めています」と、防災科学技術研究所で沿岸災害の調査を続ける岩崎伸一さんは話す。

 国土交通省は「地球温暖化に伴う海面上昇に対する国土保全研究会」を設置し、港湾施設などを整備したり、危険な地域の土地利用法を見直すといった検討を進めている。

サンマがやせる

 「海のゆりかご」とも呼ばれ、魚介類の産卵、成育の場となっている藻場。沿岸漁業に欠かせないその藻場が荒らされる被害が、数年前から西日本で顕著になってきた。「水深1メートルくらいの浅瀬にゆらゆらと群生するアマモなどは、バリカンで刈ったみたいになります」と話すのは、水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所の井関和夫さん。

 犯人はアイゴやブダイなど、南方の藻食性魚類だ。海水温の上昇に伴って生息数が増えたり、採食が活発になったと考えられている。温暖化が進めばこれらの魚類がさらに北上し、被害が拡大するだろう。

 沖合漁業では、サンマやマイワシの漁獲量が減るかもしれない。同センター東北区水産研究所の伊藤進一さんは数値実験の結果、海水温が1℃上昇するとサンマ1尾の平均重量が約7%(約10グラム)減少すると推測する。

 理由は次の通りだ。温暖化で海面に近い水が温まると、膨張して比重が小さくなり、深海水と混合しにくくなる。栄養塩が豊富にある深海水が上昇しないと、植物プランクトンが減り、ひいては動物プランクトンや、それを食べるサンマやマイワシなどの魚類に影響するのだ。

 気象研究所が予測するように、80年後に黒潮が三陸沖まで北上して水温が約5℃上昇すれば、どんな変化が起きるだろう。

 「日本の200カイリ内にマイワシやサンマ、カツオなど冷水性の回遊魚の漁場ができなくなる可能性があります。マダラやスケトウダラなどの底魚類は産卵場所の条件が厳しいため、北上しても産卵場が確保されずに絶滅するかもしれません」と、伊藤さんは心配する。

ミカンが変わる

 農産物への影響評価も進んでいる。果樹研究所は、リンゴやミカンの産地が2060年ころには栽培不適になると予測する。「気温が上がると果実の色付きが悪くなり、商品価値を下げそうです」と同研究所の杉浦俊彦さんは言う。

 それぞれの栽培適地は北上するが、青森県のリンゴや愛媛県のミカンといったように、ブランドになっている産地では、特産の果物を中心に成り立つ産業が打撃を受ける。

 「たとえばミカンなら、現在の産地で栽培を続けるために、品種を代表的なウンシュウミカンから『デコポン』や『はるみ』といった温暖な気候に向いたものに変える必要がありそうです。その結果、ウンシュウミカンはなくなるかもしれません」と、杉浦さんは語る。

 水稲栽培に及ぼす影響も研究されているが、現状では影響に結びつく様々な要因が全体としてどう働くか予測できていない。

 農業環境技術研究所の林陽生さんは、気温の上昇はコメの収穫量を減らすと指摘する。水稲は穂が出てから約40日間が登熟期と呼ばれ、この時期の気温や日射が収穫量を大きく左右する。気温が上昇した場合、北海道や東北の一部で栽培を早め、関東以西で遅らせることで対応できるが、それでも登熟期に高温になることは避けられそうになく、収穫量は全国平均で10%減少するとの予測だ。

 だが、その一方で収穫を増やす要因もある。大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、水稲の生育が早くなるのだ。「双方が同時に起こった場合や、害虫の発生などを含めた全体の変化を今後検証する計画です」と林さん。

 漁業者や農業者、そして生活者はどう備えればよいのか、その適応策はまだはっきりしていない。温暖化研究は、ようやく影響評価が進んできたところで、具体的な適応策はこれからだ。私たちは、二酸化炭素の排出を抑える努力をしながら、やがてくる温暖化問題を直視することが必要になっている。


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