/2004年2月号

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特集

炭素の行方

FEBRUARY 2004

文=ティム・アペンゼラー 写真=ピーター・エシック

球の様々な生命の営みは炭素の循環によって支えられている。だが産業革命以降、人間による様々な活動が著しく進展した結果、自然界における炭素循環のバランスが崩れつつある。その大きな影響の一つが二酸化炭素による地球の温暖化だ。(この記事は2004年2月号に掲載されたものです。)

 森は呼吸している。モニターの数値がそれを物語っていた。木々の高みから漏れてくる晩夏の日差しを浴びながら、大気科学者スティーブン・ウーフシーは小屋の鍵を開け、中に入った。そこにはワイヤやホースでつながれた装置が所狭しと並ぶ。

 ここは、米国マサチューセッツ州の中央部にある米ハーバード大学の研究林「ハーバード・フォレスト」。小屋の中の装置類は、森の生命活動をモニターに映し出している。計器に表示された数値は二酸化炭素の濃度だ。小屋のそばに建てた高さ30メートルの鉄塔に装置を取り付け、木々のすぐ上の空気を調べている。

 地球温暖化が深刻な問題になっている21世紀初めにしては、その数値は思いのほか低く、360ppm前後(1ppmは1%の1万分の1)。世界の平均より10ppm低いのは、木々のおかげだ。太陽の光を浴びた木々は二酸化炭素を吸収し、成長の糧にする。

 この一角に生育するマツやオーク、カエデは自らの栄養分を作る過程で、人間が引き起こした地球規模の変化をほんの少し元に戻している。車のエンジンをかける、照明のスイッチを入れる、エアコンの温度設定を上げる。そのたびに、私たちは大気中の二酸化炭素濃度を上昇させている。

 工業国の経済を支えてきた石炭と石油、天然ガスは、何億年も前に植物が吸収した炭素を含む。その炭素が今、煙突や自動車のマフラーから大気に戻っている。貧しい国々でも、開墾のために森林を燃やす時に炭素が出る。

 人間の活動で大気中に排出され、温室効果をもたらすガスには、家畜や水田、ごみから出るメタンガス、一部の冷蔵庫やエアコンなどから出るフロンなどがあるが、一番の元凶は二酸化炭素だ。温暖化がすでに起きていることを疑う科学者はまずいない。氷河が解け、春の訪れが早まり、地球の平均気温が着実に上昇するなど、多くの前兆が起きている。

消えた炭素の行方

 もっと深刻な状況になっていてもおかしくない。人間が排出する炭素は年間80億トン。65億トンが化石燃料からで、残り15億トンが森林破壊に伴うもの。だが、大気中に残留して、温暖化を引き起こしているのは、その半分にも満たない32億トンだ。あとの炭素はどこに消えるのだろう。「まさしく大きな謎」と、ハーバード大学の大気科学者ウーフシーは言う。

 ウーフシーの観測が示すように、どうやら人間が招いた危機を、自然がくい止めているらしい。森林、草原、そして海が、炭素の“貯蔵庫”になっていると考えられる。自然の貯蔵庫は私たちが排出する炭素のざっと半分を取り込み、大気中に炭素が蓄積するスピードをゆるめ、気候の変化を遅らせている。

 今のところ、この働きはうまく機能しているようだ。だが問題は、この自然の営みがいつまで続くか、科学者にもはっきり分からないことだ。温暖化がさらに進めば、自然の営みが災いに転じ、森林や海が貯蔵庫から排出源となり、多くの炭素を大気中に出すようになるかもしれない。こうした疑念を解明するため、研究者たちは森林や放牧地、海洋などで、“消えた炭素”を追跡している。

 それは単なる知的好奇心の問題ではない。夏の猛暑や年々激しくなる嵐、降雨パターンの変化や動植物の生息域の変化などは、温暖化がもたらすと思われる異変ではまだましな方だ。21世紀末までに、大気中の二酸化炭素濃度はさらに200~600ppm上昇する。

 そこまでいくと、「あらゆる恐ろしい異変が起きてもおかしくない」と、米プリンストン大学の生態学者スティーブ・パカラは言う。たとえばサンゴ礁が消滅し、砂漠が広がり、熱帯から北上する暖流の流れが変わって、英国とスカンジナビア半島はさらに寒冷になり、世界の他の地域は気温が上がり続ける……。

 人間が排出した過剰な二酸化炭素の一部を、自然が吸収しなくなれば、2050年より前に激しい変化が起こるだろう。温暖化の進行が速いと、大災害を避けられない。

 だが、炭素の貯蔵庫が機能し続けるか、吸収量がさらに増えるようなことがあれば、数十年の猶予を与えられ、世界経済は化石燃料への依存から脱却できるかもしれない。自然の炭素貯蔵庫の解明が進めば、貯蔵能力を高められるかもしれないし、人工の貯蔵庫をつくって脅威を封じ込めることも夢ではないと考える科学者や技術者もいる。

 こうした希望や不安の背景にあるのが、自然の循環だ。私たちの呼吸と同じく現実に起きていることだが、ウーフシーが測定する数値のようにつかみどころがない。

 1771年に英国の牧師ジョセフ・プリーストリーが、自然の炭素循環の要となるプロセスを解明した。一連の実験で、炎や動物の吐く息が、ガラス瓶に閉じこめた空気を“害する”ことに気づいたのだ。そこに緑のミントを一茎入れると、空気は元の良い状態に戻る。

 プリーストリーは、この現象を引き起こす気体を特定できなかったが、今の私たちは説明できる。燃焼や呼吸で酸素が消費され、二酸化炭素が排出されたのだ。ミントはこの二つのプロセスの逆を行う。光合成で二酸化炭素を吸収し、それを植物組織に変え、副産物として酸素を放出する。

 地球は巨大なガラス瓶のようなものだ。一年に何百億トンもの炭素が、陸地と大気を行き来している。生物の呼吸や腐敗で放出された炭素は、緑の植物に吸収される。海の中でも同じような炭素のやりとりがあり、1000億トン近い炭素が海と大気の間を循環している。

 このように膨大な自然のガス交換に比べれば、人間が毎年排出する数十億トンの炭素など取るに足りない量のように見える。しかし、わずかの重みでバランスが崩れるように、人間の排出は着々と自然のサイクルを狂わせている。大気中の二酸化炭素の濃度はプリーストリーの時代から約30 %上昇した。

 濃度上昇がこの程度で済んでいるのはなぜか。ピーター・タンズはそれを探っている科学者の一人だ。コロラド州にある米海洋大気局(NOAA)の研究所で、タンズらのチームはとても些細な手がかりから解明を進めている。世界数十カ所の観測地点で大気のサンプルを集め、二酸化炭素濃度のわずかのばらつきを調べているのだ。

 2.5リットルの容器に入れた大気サンプルに、二酸化炭素の発生源と貯蔵庫を突き止めるヒントが隠されている。たとえば、世界の自動車と工場の多くが集中する北半球では、二酸化炭素濃度も高いはずだ。しかし定点観測によると、予想ほどには南北の差は大きくない。つまり、「北半球には非常に大きな炭素の貯蔵庫があるということです」とタンズは言う。

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