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interview 中村征夫 海のフォトジャーナリスト ぼくがグルクン漁に魅せられた理由

水中写真の第一人者、中村征夫さん。このたび沖縄の伝統漁法、アギヤー漁とそれに携わるウミンチュたちの暮らしをモノクロ写真で描いた新刊『遙かなるグルクン』を上梓した。およそ30年の歳月をかけて追い続けた力作の秘話を聞く。(目次ページはこちら
(聞き手:芳尾太郎 構成:高橋盛男 写真:中村征夫、田中良知)

第4回
おじぃのフィンから見えてきた沖縄の海

2016.5.20

――新作写真集『遙かなるグルクン』の中で、中村さんにとってとくに印象深い写真があればご紹介ください。

 印象に残っている人は何人もいるし、これが特別という写真も選びにくいけれど、あえてひとつ挙げるなら福里さんのフィンかな。

 福里健三さんは伊良部島のウミンチュで、撮影したのは51歳のとき。まだミーカガンを使っていましたね。

 昨年、伊良部島に行ったら、福里さんは83歳でまだアギヤー漁に出て潜っていましたよ。彼のフィンがサバニの上に置いてあったのですが、それが片方しかないんです。潜水病にかかって右足が不自由なので、フィンは片足だけ。しかも、そのフィンが、サンゴや岩にこすれて傷だらけでした。

 傷んだり、切れた部分を漁網を縫う丈夫な糸で丁寧に修繕していました。世界広しと言えども、これほど愛情の注がれたフィンを僕は見たことはありません。ジーンと胸が熱くなりました。

福里健三さん(けんおじぃ)のフィン。
(写真集『遥かなるグルクン』より)

――83歳で現役ですか。

 誰よりも先に海に入って魚の群れを探すし、フィンを撮影する僕の傍らで、けんおじぃは皆と同じように一生懸命に網を上げていました。

 僕は、黙々と漁をするその姿に感動するのだけれど、僕が彼を最初に撮ったのは30年くらい前で、彼はそれよりまた30年以上も前から、そうして黙々と漁をしてきているわけです。

 アギヤー漁は、親方と呼ばれる漁労長の采配で漁をするのですが、親方の言うことは絶対で、僕が撮影で入るにも彼の許可がなければ撮影できない。逆に親方が「よし」といえば、皆は否もなく了解してくれる。

 アギヤーのウミンチュたちは、そういう関係のもとに過酷な漁を続けてきています。けんおじぃの傷だらけで、年季の入った片方だけのフィンは、そんなアギヤー漁の何もかもを如実に物語っているように思えて衝撃を受けました。

――漁師とは、それほど高齢になっても海から離れられないものなのでしょうか。

 そうだと思います。年を重ねてから怪我や病気をして漁を休んだら、復帰できなくなるでしょうけれど。

 たとえば、僕は秋田県人だからハタハタが大好きで、生涯その魚が食卓にないと気がすまないと思う。沖縄の人にとってのグルクンもそういう魚で、ウミンチュはその魚を捕ることを生業としてきていますからね。誇りもあるでしょうし、魚を見れば捕らずにはいられない。

 アギヤー漁は衰退して小規模になり、後継者不足で集団を維持するのも今は難しくなっています。しかし、この漁を絶やしたくないという気持ちを彼らは強く持っていると思います。

――アギヤー漁の衰退は、沖縄の海の変貌を物語るものでもありますね。

 初めて行った沖縄の海は、どこも見事なサンゴに彩られていました。30年ほど前から、その海が次第に弱っていくのを目の当たりにして、僕は寂しい思いをしてきました。

 けれど、そういう現状も記録として残さなければいけない、伝えるべきだと思って撮るようにしました。サンゴの病気、オニヒトデの被害、公害で死んだ海、あるいは逆にサンゴがよみがえりつつある海……。

 それらをきちんと撮り、伝えることによって、われわれ人間の生活が自然界にどんな影響を与えているのかを、多くの人に知ってほしいと思っています。

 美しかった沖縄の海が、たった半世紀余りでガラリと変わってしまったのはなぜか。あの美しい海を取り戻せるとしたら、何に気をつければよいのか。

沖縄の海。サバニはアンカーを上げて次の漁場へ。
(写真集『遥かなるグルクン』より)

――豊かなサンゴの海の復活には、何が大事なのですか。

 自然界のバランスを、できるだけ崩さない。それを第一に考えることだと思います。

 サンゴ礁が激減した理由のひとつにオニヒトデの異常繁殖があげられますね。オニヒトデはサンゴを食べるので悪者にされる。でも、オニヒトデはそんなに悪者ではないんですよ。

 彼らは、テーブルサンゴやエダサンゴを好んで食べますが、一方で30万とも50万ともいわれる卵を生み、その卵や幼生は動物プランクトンとして、魚やサンゴに食べられているんです。

 僕が復帰前から沖縄に通い始めて10年くらいは、サンゴ礁でオニヒトデを見ることはありませんでした。

 では、なぜ異常繁殖するかというと、原因は乱開発です。リゾートブームや地方博、沿岸の埋め立てなどで海に土砂が流れ込む。すると、サンゴが土砂をかぶって窒息死し、サンゴ礁を棲みかにする魚などの生き物も減るから、オニヒトデの卵や幼生の捕食者がいなくなってしまう。それで異常に増えてしまうのです。

 サンゴ礁の激減には、海水温の上昇でサンゴが死滅する白化現象もありますが、これは地球温暖化の影響だといわれています。

 よく言われますが、やはり僕たち人間が便利さや快適さ、豊かさや享楽を求め過ぎないようにすることが大切だと思います。

――沖縄の海を愛する中村さんが、これから取り組むテーマがあれば教えてください。

 アギヤー漁をテーマにしたモノクロ作品が、この写真集の発表で一段落するので、今度はカラーでもうひとつの沖縄の海を描こうと、案を練っているところです。

 たとえば、星の砂のもとになる有孔虫のように、肉眼ではとらえにくい小動物から巨大なクジラまでのさまざまな生き物、あるいは海中鍾乳洞や海底遺跡など、沖縄の海の豊かさと生き物の営みを撮って、写真集にまとめてみたいと思っています。

おわり

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著者からひとこと

沖縄のウミンチュに対するぼくの思いを詰め込みました。
ぜひお手に取ってご覧ください。

遙かなるグルクン 表紙画像
遙かなるグルクン
水中写真の第一人者、中村征夫が魅せられた沖縄の伝統漁と海の男の世界、初の書籍化!
出版社: 日経ナショナル ジオグラフィック社
発売日: 2016/4/19

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