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interview 中村征夫 海のフォトジャーナリスト ぼくがグルクン漁に魅せられた理由

水中写真の第一人者、中村征夫さん。このたび沖縄の伝統漁法、アギヤー漁とそれに携わるウミンチュたちの暮らしをモノクロ写真で描いた新刊『遙かなるグルクン』を上梓した。およそ30年の歳月をかけて追い続けた力作の秘話を聞く。(目次ページはこちら
(聞き手:芳尾太郎 構成:高橋盛男 写真:中村征夫、田中良知)

第2回
モノクロ写真へのこだわり

2016.4.22

――沖縄の海は、サンゴも魚も色とりどりできれいです。なのに、中村さんはアギヤー漁を知って、フィルムをカラーからモノクロに切り替えたと。それはなぜですか。

 やはり小浜島で古参のウミンチュたちに聞いた話ですね。そのなかに「俺は子どものころ、糸満に売られた」という話が出てくるんですよ。

漁船サバニを操縦する福里健三(1992年)。
今も伊良部島でウミンチュ一筋に生きている。
(写真集『遥かなるグルクン』より)

――子どものころに売られた?

 ええ。当時が1970年代の初めで、彼らは70歳代とか80歳代のおじぃですから、子どものころといえば戦前の話ですね。

 沖縄は海に囲まれた島ですが、もともとは米やサトウキビの生産が主体で、産業としての漁業はあまり盛んではありませんでした。

 そのなかで本島南部の糸満は、昔から漁業が盛んな地域で、いろいろな漁法が発達していました。大仕掛けの網を海底に下ろして、大勢で獲物を追い込むアギヤー漁も、糸満のウミンチュたちが編み出し、南西諸島の各地に広まっていった漁法です。

 ただ、アギヤーは規模が大きく、仕事が多岐にわたるのでたくさんの人手がいります。一方、内陸の農村部は、重い税に苦しんでいて貧しく、家族を養えない家が多かった。そこで、農家の子どもたちの多くが、10歳から15歳くらいで糸満の網元のもとへ年季奉公に出されたのです。

――それを当の子どもだったウミンチュは「売られた」と。

 年季奉公とはいいますが、とても安い前借金をかたに働かされたので、売られるに近い状況だったと思います。イチマンウイ(糸満売り)という言葉が生まれたほどでした。

 仕事は飯炊きから始まって、併せて潜水の訓練を受けます。潜れない子どもがほとんどなので、体に重りをつけて海に放り込まれて、溺れかかると引き上げられる。日々、そういう訓練を強いられて、だんだん一人前になっていくんです。そういう話を撮影の合間にいろいろな方から聞きました。

 ウミンチュというと、本土の人はかっこいいと思い、ある種の憧れを抱いているかもしれない。沖縄土産の海人(ウミンチュ)Tシャツも、相変わらずよく売れているようですしね。けれど、そういうアギヤー漁をめぐる実態や、厳しいウミンチュの暮らしぶりはあまり知られていません。

 僕はアギヤー漁の勇壮さばかりではなく、ウミンチュの暮らしの厳しさや人間性も、写真を通して伝えたいと思いました。となると、カラ―ではそれが伝わりにくいように思えたんです。

――なぜ、カラー写真だとだめなのですか。

 僕はモノクロから写真を始めて、今でもテーマによってカラーとモノクロを使い分けています。カラーも悪くないですよ。

 ただ、海中の場合は、すべての色が海の青さに吸収されてしまいます。人も魚も青っぽくなるんです。

 一方、モノクロというと色がないように思われるかもしれませんが、真黒から白までの間に、濃淡のさまざまなグラデーションがあって、人間はそれを豊かに感じ取ることもできます。

 今回のようなテーマで、僕が見聞きしたことを思いとして伝えようとするなら、鮮やかな色彩を排除したモノクロの世界のほうが、見る人に直接的に訴えかけるものが写真に表れるだろうと考えたのです。

魚の群れを追う脅し棒を手に、母船から我先にと飛び込んでいく
ウミンチュたち。(写真集『遥かなるグルクン』より)

――確かに写真集の水中写真には、魚と人の壮絶な戦いを感じさせるものがあります。

 海の中は、本来は人間が生きられる場所ではありませんね。それが海に入っていく。その闖入者に追い立てられる魚も必死。どちらも命がけです。

 ところが、カラ―で撮ると何だかきれいで、楽しそうに見えちゃう。袋網の中を逃げまどうグルクンの群れも、水族館の大きな水槽の中をゆったり泳いでいるような印象を与えてしまうかもしれません。モノクロのほうが、逃げまどう魚たちの必死さが、よりリアルに伝わるように思うんですよ。

――アギヤー漁を、モノクロで撮り始めたのはいつごろからですか。

 今から32年前ですから、1984年です。

――そのころと今とでは、アギヤー漁は変わってきていますか。

 変わりましたね。僕が沖縄に通いはじめたころは、県内各地にいくつも大きな船団がありました。だんだん減っていって、今は宮古島の近くの伊良部島にあるだけですね。それも10人ほどの小さな集団です。

 衰退した理由のひとつは乱獲です。それから、陸や海岸部の開発で海に流れ出た土砂のせいでサンゴ礁が傷めつけられ、魚の棲みかが減った。

 アギヤー漁のウミンチュたちがダイビングの機材を使うようになったことも関係していると思います。魚をたくさん捕りたいから休みもせず、立て続けに何度も潜る。これはスキューバでは絶対にやってはいけない危険な行為なんです。潜水病にかかりますからね。

 実際に潜水病で命を落としたり、障害を抱え込むウミンチュが続出して、消滅していったアギヤー漁の船団もあります。

 僕は、ウミンチュの職人気質や人柄、漁の勇壮さに惹かれますが、よい面ばかりではない。しかし、それも記録として伝えたいんです。伝統的な漁法と漁労集団が、この30年ばかりの短い間になぜここまで衰退したのか。それを、この写真集を見てくださる方々と一緒に考えたいと思っているんです。

――水中写真では日本で第一人者の中村征夫さん。次は、写真家としてのルーツに迫ってみましょう。

つづく

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著者からひとこと

沖縄のウミンチュに対するぼくの思いを詰め込みました。
ぜひお手に取ってご覧ください。

遙かなるグルクン 表紙画像
遙かなるグルクン
水中写真の第一人者、中村征夫が魅せられた沖縄の伝統漁と海の男の世界、初の書籍化!
出版社: 日経ナショナル ジオグラフィック社
発売日: 2016/4/19

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