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interview 中村征夫 海のフォトジャーナリスト ぼくがグルクン漁に魅せられた理由

水中写真では、第一人者の呼び声高い中村征夫さん。このたび日経ナショナル ジオグラフィック社から新刊『遙かなるグルクン』を上梓した。沖縄の伝統漁法、アギヤー漁とそれに携わるウミンチュたちの暮らしをモノクロ写真で描いた異色の写真集だ。およそ30年の歳月をかけて追い続けた力作の秘話を聞く。
(聞き手:芳尾太郎 構成:高橋盛男 写真:中村征夫、田中良知)

第1回
きっかけは海の男たちとの出会いだった

2016.4.15

――写真集『遙かなるグルクン』のテーマとなっているグルクンという魚、そしてアギヤー漁についてまず教えてください。

 グルクンというのは沖縄での呼び方で、和名をタカサゴといいます。体長は成魚で30センチほど。水中では青く、地上に上げると赤くなります。体側に2本の黄色い筋が入ったきれいな魚です。

 アギヤーはいわゆる追い込み漁で、サンゴ礁の海底に下ろした網に、魚をおどかして追い込んでいく漁法です。

 グルクンは沖縄の人が大好きで、よく食べますね。刺身はもちろんのこと、焼いてよし、煮てよし、揚げてよし。沖縄の県魚にもなっていますが、地元ではニセタカサゴやウメイロモドキなど、似たような魚もひっくるめてグルクンと呼んでいるようです。

竹製の脅し棒スルシカーを使って、魚群を網へと追い込む
ウミンチュたち。(写真集『遙かなるグルクン』より)

――グルクンはサンゴ礁にいる魚ですか。

 通常はサンゴ礁や岩礁のへりに、群れをつくって泳いでいます。水深10~30メートルくらい、深ければ50メートルくらいまでのところにいます。

 この魚は、危険が迫るとサンゴ礁や岩礁に逃げ込んで隠れようとするんです。アギヤーはその習性を利用した漁です。海の深いところから、サンゴ礁などの浅いところへ魚を追い上げることを意味する「アギンする」が、アギヤーの語源だそうです。

 グルクンの群れをおどかしてサンゴ礁や岩礁に追い上げて、さらに網に追い込んで、文字通り一網打尽にする漁法です。

――どのようにして追い込むのですか。

 ウミンチュ(海人=漁師)が何人、何十人と海に潜って、グルクンの群れを巻くようにして追い込むんです。潜り手はスルシカーという、先端にヒラヒラした梱包用のテープがついた脅し棒を持って群れを追います。グルクンは、このヒラヒラを嫌うんですよ。

――潜り手は素潜りですか。

 昔は素潜りでした。ミーカガンという水中メガネひとつをつけて潜っていました。今は、スキューバダイビングの機材を使っています。空気タンクを背負って潜るわけです。ダイビングの機材がアギヤーの漁師たちに普及したのは、1980年代からです。

水中メガネ「ミーカガン」

――中村さんがアギヤー漁に出会ったのはいつごろですか。

 沖縄が本土に復帰する前です。沖縄の復帰は1972年で、それ以前はアメリカの政権下にありましたから、行くのにまだパスポートが必要でした。

 当時、僕は20代後半で、沖縄本島にしばしば撮影に行っていました。そのころは本島沿岸でも立派なサンゴ礁があったので、離島へ行く必要はなかったんですよ。

 そんなときに大きな船団を見かけることがありました。サバニという細長いくり舟の漁船があるのですが、そのサバニが10艘以上もまとまって海を突っ走っていくんです。

 それがアギヤー漁の船団でした。当時は本部(もとぶ)地区、今の沖縄美ら海水族館があるあたりに、大きなアギヤー漁の船団があったんです。

 そのころの僕はまだ「何だ、あれは」と思って眺めているだけでしたけれど。

――すると、アギヤー漁はかなり大規模な漁法なんですね。

 そうです。魚を追い込んで引き上げる袋網の両側に魚を逃がさないようにする袖網を這わせるのですが、袋網も巨大だし、袖網も長いものは100メートル近くあったと思います。

 漁をするウミンチュも、40~50人くらいはいましたね。

――そのアギヤー漁を本格的に撮ろうと思ったきっかけは?

 西表島の東に、小浜島という島があります。そこでアギヤー漁をやっていたというウミンチュと出会ったのが始まりですね。

 小浜島と西表島の間の海域は、マンタ(オニイトマキエイ)という大きなエイが回遊するところで、そのマンタの撮影に行っていたんです。宿泊していた細崎(くばざき)の民宿に、地元のウミンチュがよく来ていました。だんだん親しくなって、いろいろ話をするなかでアギヤー漁のことを聞きました。

 そのウミンチュたちは、すでに漁を引退した方々でしたが、話を聞けば聞くほど驚かされる。アギヤーはものすごく過酷な漁で、ウミンチュが一人前になるまでには、筆舌に尽くしがたい苦労があったようです。

 けれど、彼らは職人気質で、とても温かい人柄が感じられました。大変な苦労をしてきているのに、その明るくて温かい人間味はどこからくるんだろう。そんな素朴な疑問がはじまりでしたね。よし、このウミンチュたちを追いかけてみようと。

美しい弧を描き浮上していく袋網。
グルクンはゆったりとした空間の中を編隊を組んで泳いでいる。
(写真集『遙かなるグルクン』より)

――今回の写真集の特色は、全編がモノクロ写真であることですが、初めからモノクロで撮ろうと思っていたのですか。

 いいえ、彼らに会う以前にも、ほかのウミンチュを撮ったりはしていました。それはカラーでした。けれど、アギヤー漁とウミンチュのことを知るにつれ「何かこれは違うな」と思ったんですよ。それでモノクロに切り替えました。

――なぜモノクロ写真を選んだのか。次はその点をうかがいましょう。

つづく

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著者からひとこと

沖縄のウミンチュに対するぼくの思いを詰め込みました。
ぜひお手に取ってご覧ください。

遙かなるグルクン 表紙画像
遙かなるグルクン
水中写真の第一人者、中村征夫が魅せられた沖縄の伝統漁と海の男の世界、初の書籍化!
出版社: 日経ナショナル ジオグラフィック社
発売日: 2016/4/19

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