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特集

花粉の運び屋たち

MARCH 2011

文=ジェニファー・S・ホーランド 写真=マーク・W・モフェット

ツバチ、チョウ、アリ、鳥……。植物の受粉を手助けする生き物は地球上で20万種以上。野菜や果物の栽培にも、欠かせない存在だ。

 米国アリゾナ州ウィルコックス。この町にある「ユーロフレッシュ・ファーム」の温室では、ココヤシの繊維を固めた培地にトマトがずらりと植えられ、茎がガラスの天井に向かって伸びている。総面積は125ヘクタールあり、毎年約6万トンのトマトが収穫される。研究衣姿の技術者たちが、電動カートに乗って、枝葉を剪(せん)定していく。

 温室内には給水用のパイプが何キロにもわたって伸び、その上にトマトの蔓(つる)を這(は)わせるための鉄製の柵が張りめぐらされている。熟れたトマトの匂(にお)いはどことなく不自然で、土の匂いは全くしない。だが、この人工的な栽培方法にも、自然は存在している。耳に届いてくるブンブンという低い音―ここでは、1000匹ものマルハナバチがせっせと働いているのだ。

 花を咲かせて種を作る顕花(けんか)植物の多くは、繁殖のため、オシベとメシベの間で花粉を運んでくれる動物、「送粉者」の力を借りている。もし、トマトの花粉を人為的に飛ばそうとするならば、地球の重力(1G)のほぼ30倍に当たる力で乱暴に揺さぶらなければならない。そう教えてくれたのは、昆虫学者のスティーブン・バックマンだ。彼は、送粉者の保護に取り組む米国のNPO「ポリネーター・パートナーシップ」の国際コーディネーターを務めている。「スケールは違いますが、戦闘機のパイロットの多くは、4~6Gの重力加速度をかけられると、30秒で気絶してしまうんです」

 これまで農家は、トマトの花から花粉を飛ばすために、さまざまな方法を試してきた。振動テーブルや送風機を使ったり、大きな音で震わせたり、手に装着したバイブレーターを花の房に1つずつ当てたりしたこともある。だが、現在、温室で活躍しているのはマルハナバチだ。放たれたハチは花に飛びつき、餌を食べながら激しく体を震わせる。すると、この振動で花粉が空中に飛散し、メシベの先端にある柱頭にくっ付く。さらに花粉は、毛羽立ったハチの体に付着し、次の花に運ばれる。これが「振動送粉」と呼ばれる、極めて有効な送粉のテクニックだ。

 驚くべきは、花粉を運ぶ担い手たちの多様さだ。その数は20万種以上。地球上に最初に登場した送粉者はハエや甲虫で、顕花植物が出現した1億3000万年前にさかのぼる。ミツバチを含むハナバチの仲間だけでも約2万種が確認されているが、さらにハチドリやチョウ、ガ、スズメバチ、アリも花粉を運ぶ。また、カタツムリやナメクジは花の房の上を移動している間に花粉を体に付着させる。ランの花粉を運ぶカもいれば、さまざまな形状の花に対応して発達した鼻と舌を持つコウモリもいる。こうしたコウモリは、南北米大陸だけでも360種の植物の花粉を運んでいる。

 空を飛ばない哺乳類の送粉者もいる。糖分を好むオポッサムや熱帯雨林に生息する一部のサル、そしてマダガスカルのキツネザルは、花の柄を裂く器用な手を持ち、そのフサフサの体毛は花粉が付きやすい。最も意外なのはヤモリやトカゲの類だ。好物の花蜜や花粉を探し回る間に彼らの顔や脚には花粉が付き、運ばれていくことになる。

 顕花植物の種類は24万種を超え、送粉者と共に進化の道を歩んできた。甘い匂いや明るい色で食べ物の存在を伝え、送粉者を引きつける。花も送粉に最適な形状となり、花冠が筒状のもの、開放的に露出したもの、ブラシ状のオシベやメシベ、花蜜を分泌する突起状の距(きょ)があるものまで、実にさまざまだ。細い花筒と長い口吻(こうふん)、粘着性のあるオシベのブラシと体毛で覆われた顔など、植物の部位と送粉者である動物の体の特徴がうまく合えば、花粉が運ばれる確率は高くなる。

ミツバチに依存する農業

 だが残念なことに、この多様性は、単一栽培で巨大生産を目指す現代の農業とは相性があまり良くない。現在、米国の大規模農場は、養蜂業者が育てたセイヨウミツバチを借り受けて農作物を栽培している。少なくとも100種類の商品作物の栽培が、この飼育されたミツバチの送粉活動にほぼ依存している。ある種の果物栽培に関して言えば、1匹当たりの送粉効率はほかのハナバチ、例えばツツハナバチのほうがミツバチより5~10倍も高い。だがミツバチは群(コロニー)が大規模で(一つの巣に3万匹以上)、採餌(さいじ)のために飛び回る距離が長く、飼育や移動に対する適応能力が高いという利点がある。また、花をえり好みしないので、ほとんどの作物の花粉を運んでくれる。セイヨウミツバチの送粉活動がもたらす価値は、世界全体で年間18兆円を超えるというエコノミストもいるのだ。

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