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特集

野生動物 ペットへの道

MARCH 2011

文=エヴァン・ラトリフ 写真ビンセント・J・ミュージ

間が飼いならしてペットや家畜にできた動物は、ほんのひと握りしかいない。その鍵は動物の遺伝子にあることが、最近の研究でわかってきた。

 「ハロー! 元気にしてる?」 76歳の生物学者リュドミラ・トルートはそう言って、「マヴリク」という札のかかった飼育用ケージの掛け金を外した。ここはロシアのシベリア南部、ノボシビルスク郊外の農場だ。同じような金属製のケージが、通路の両側にずらりと並んでいる。彼女が挨拶をしたのは、私にではなかった。お相手は毛皮をまとったこのケージの主で、トルートの口調はまるでかわいがっているペットに話しかけているようだ。

 声をかけられたマヴリクは、中型犬くらいの大きさのイヌ科の動物だ。毛は明るい栗色だが、のどから胸のあたりは白い。マヴリクはしっぽを激しく振り、仰向けに寝転がると、かまってもらいたくてハッハッとあえいだ。

 隣接するケージでも、仲間たちが同じように、さかんにしっぽを振っている。てんでにやかましくほえたてる騒ぎに負けじと、トルートが声を張り上げた。「見ればわかるでしょう。みんな人間との触れ合いを求めているの」。トルートはケージからマヴリクを抱き上げると、私に預けた。腕の中でおとなしく身体を丸め、私の手をそっと甘がみしているさまは、まるで愛玩犬だ。

 マヴリクの正体は、ギンギツネである(ギンギツネの毛色はたいてい銀色か暗灰色で、マヴリクのような栗色は珍しい)。しかもここにいる数百頭は、世界でもここにしかいない、家畜化されたギンギツネだ。しかし、ここで言う「家畜化」とは、野生の個体を捕まえて飼いならすことではなく、ペットのイエネコやイエイヌと同様、人間が飼えるように品種改良することを意味する。ここにいるギンギツネは、人間の良き友になれる素質を持っている。それは驚くべき交配実験の成果だった。

 始まりは半世紀以上も前にさかのぼる。当時、トルートはまだ大学院生だった。農場の近くにある細胞学遺伝学研究所の生物学者、ドミトリー・ベリャーエフの率いる研究チームが、近在の農場で毛皮用に飼育されていたキツネ130頭を集めてきた。このキツネたちを使って、今から1万5000年以上前に起きた、オオカミからイヌへの進化を再現しようというのだ。

 キツネの子が誕生するたびに、ベリャーエフたちは人間と接触させて反応を調べ、人間を恐れない個体を選んで交配し、世代を重ねていった。1960年代半ばには、実験は予想を上回る成果を上げていた。マヴリクのように、人間をこわがらないどころか、積極的に触れ合いを求めるキツネが生まれてくるようになったのだ。研究チームはミンクとラットでも同じ実験を行った。「ベリャーエフの成果ですごい点は、そのスピードです」と、イヌの遺伝を研究する米国ユタ大学の生物学者ゴードン・ラークは語る。「キツネがこれほど短期間で人間にここまでなれるとは……信じられない」

数千年の進化をわずか数年で再現

 かつて何千年もかかって起きた家畜化のプロセスを、ベリャーエフはわずか数年でみごとに再現してみせた。だが、その狙いは、ただ単に人なつこいキツネをつくり出すことではない。この研究を通じて、家畜化の鍵を握る遺伝子の謎を解明できるはずだと、ベリャーエフは直感していたのだ。

 家畜化した動物には、野生の祖先とは異なる特徴が現れることがわかっている。たとえば体格が小さめだったり、耳がぴんと立たずに寝ていたり、尾がくるりと巻き上がっていたりするのだ。こうした動物は、人間の目には実際の年齢より幼く、かわいらしく見える。また、祖先では単色だった体毛が、家畜化することでまだら模様(斑毛(ぶちげ))になることもある。これらの特徴は家畜化の表現型と呼ばれ、イヌ、ブタ、ウシなどの哺乳動物はもちろん、ニワトリや、さらには一部の魚にも見られる。

 キツネを家畜化していく過程で、こうした特徴も現れてくるのではないか。ベリャーエフの読みは、またしても当たった。人間になじめるかどうかだけを基準に選んで交配しているのに、外見にも変化が生じたのだ。交配開始からわずか9世代後には耳がたれた子ギツネが誕生し、まだら模様も見られるようになった。そのころには、キツネは人間に尾を振り、甘えてくんくん鳴くようになっていた―野生では決して見られない行動である。

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