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特集

ようこそ、
パリの地下世界へ

FEBRUARY 2011

文=ニール・シェイ 写真=スティーブン・アルバレス

リの地下には、全長300キロを超すトンネルが走る。
墓地やギャラリーが広がる、立入禁止の地下世界に潜入した。

 土曜日の朝、パリの街をタクシーが滑るように走っていく。大通りは静まり返り、軒を連ねる店もまだ開いていない。パン屋からは焼き立てパンの香りが漂う。信号で停車していた時のことだ。何かが動く気配がした。よく見ると、青色のカバーオールを着た男性が歩道のマンホールから姿を現したのだ。頭にはランプを着けている。後から、ランタンを持った女性が出てきた。二人ともゴム長靴を履き、全身に泥を浴びている。男性はマンホールの蓋(ふた)を元に戻すと、女性の手を取って、笑いながら通りを駆けていった。

 世界中を探しても、パリほど地下と密接な関係をもつ都市はほかにないだろう。しかも、この街の下には驚くべき世界が広がっている。長い歴史と密集度を誇るメトロと下水道はまだ序の口。運河や貯水池、地下墓地に銀行の金庫室、ナイトクラブやギャラリーに変貌(へんぼう)したワインセラーなど、パリの地下にはあらゆる空間が存在している。なかでも圧巻なのが石灰岩を採掘した跡だ。特にパリ南部の地下深くには、こうした採石場跡がクモの巣のように張り巡らされている。

 建築用の採石は19世紀まで行われていた。こうしてできた巨大な穴や坑道は、第二次世界大戦ではレジスタンスの隠れ家になったり、パリを占領したドイツ軍の掩蔽壕(えんぺいごう)になったりした。そして現在は、地下の空間で、さまざまなグループが思い思いの時を過ごしている。彼らこそ、地下を愛する人びと、「カタフィル」だ。

 実は、採石場跡への立ち入りは1955年以降、法律で禁じられている。そのため、カタフィルになるのは、地上世界とそのルールから逃れようとする若者が多い。“地下活動”がひときわ盛んだったのが1970年代~80年代、パリっ子たちがパンクカルチャーの洗礼を受けて、持ち前の反逆精神を一段と高めた時代だ。それに当時は地下への入り口もまだたくさんあって、現在より簡単に潜れた。カタフィルは秘密の場所でパーティーを開き、パフォーマンスを演じ、アートを生み出し、ドラッグをやった。地下世界は自由に満ち、無法状態ですらあった。

 しかし80年代末になると、パリ市や私有地の所有者が地下への入り口を次々と閉鎖し、警官隊が坑道内をパトロールするようになった。それでもカタフィルたちはしぶとく生き延びる。

 あの土曜日の朝、私がタクシーから見かけたカップルもカタフィルだったのだ。恐らく、地下でデートを楽しんでいたのだろう。採石場跡を案内してくれた男性たちの中には、地下で知り合った女性と結婚した人もいた。パリの地下を知りたければ、カタフィルにガイドを頼むと良い。多くのパリっ子たちはメトロにはよく乗るものの、自分たちが暮らす街の地下にどのような世界が広がっているのか、よく知らないのだ。

名もなき無数の骨が眠る

 フィリップ・シャルリエは、持ってきたビニール袋を壊れかけた椅子(いす)に置くと、うれしそうにもみ手をした。地下墓地(カタコンブ)の内部は暗く、ひんやりしていて、周囲には頭蓋骨(ずがいこつ)や大腿骨が整然と並ぶ。ビニール袋には、骨がたくさん入っていた。市当局の許可を得て、一時的に持ち出すためだ。シャルリエは袋から頭蓋骨の一部である顔面頭蓋を取り出した。眼球が収まる眼窩(がんか)のすぐ下にくぼみがあり、鼻の部分の穴は大きく、丸い形になっている。これを見て、シャルリエは「ハンセン病が進行していた証拠です」と言った。彼はパリ大学で研究する考古学者であり、法医学者でもあるのだ。

 普段なら、カタコンブには観光客の話し声や笑い声が響いていて、ざわざわしている。しかし、今日は休みで、シャルリエは誰にも邪魔されることなく骨を調べることができる。

 カタコンブに納められている骨は、約600万人分。現在のパリ市民の3倍に当たる数だ。こうした膨大な骨は、18~19世紀にかけて、手狭になった地上の墓地から掘り出され、採石場跡に放り込まれた。フランス革命当時のものや、1200年以上前のメロヴィング朝時代のものもあるが、いずれもバラバラになっているため、誰の骨か特定する手がかりはない。

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