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特集

内戦を生き抜いた
野生動物

NOVEMBER 2010

文=マシュー・ティーグ 写真=ジョージ・スタインメッツ

和が訪れた南部スーダンの草原は、ゾウやガゼルが駆けめぐる野生動物の王国だった。だが、密猟の犠牲になる動物も多い。

 内戦後の南部スーダンで、野生動物はどんな境遇にあるのか。中心都市ジュバに建つ植民地時代の古い建物で、二人の元軍人に話を聞いた。「50人くらいで馬に乗って来る密猟団がいます」。そう話すフレイザー・トング中将は現在、南部スーダン自治政府の野生生物保護局次官を務めている。「狙うのはゾウや大型のウシ科動物。肉は日干しにし、象牙を取ってラクダで運びます」

 もう一人のフィリップ・チョル・マジャク少佐は自治政府の上級官僚で、密猟取締部隊を指揮する。1983年に始まった第2次内戦では、地上からミグ戦闘機を撃墜する勇猛な部隊を率いた。5年前に内戦が終わってからは、密猟団という新たな敵と戦っている。「動物を守るのが任務です」

 南部の人々にとって、野生動物はいわば運命をともにしてきた仲間だ。長年、外国の侵略者はこの地域から住民と象牙を奪ってきた。ゾウとともに捕らえられ、奴隷として船で運ばれる人々は、ゾウに自分たちの悲運を重ねた。

 内戦中には、人々と動物の絆(きずな)がいっそう深まった。戦火に追われて未開の奥地に逃れた人もいたが、ゾウなど季節的な移動をする動物の多くも、そうした場所に潜んで生き延びた。

 南部の人々にしてみれば、動物もまた戦争で安住の地を追われた犠牲者だ。アフリカスイギュウやキリン、ハーテビースト(ウシ科)など、季節的な移動の範囲がそれほど広くない動物はほぼ皆殺しにされた。長く続いた内戦が終わったときには、動物がどのくらい残っているか、再び戻ってくるのか、誰にもわからなかった。

野生動物の楽園、保護へ

 内戦が終結した2年後、米国の環境保護団体「野生生物保護協会」(WCS)が、小型飛行機で南部スーダン一帯の野生動物の生息数調査を始めた。何十年かぶりの調査だ。メンバーは、南部スーダンでの活動の指揮をとる米国人の生物学者ポール・エルカン、WCSの研究者J・マイケル・フェイ、米国マサチューセッツ大学アマースト校の博士課程で学ぶ南部スーダン出身のマリク・マルジャンだ。

 「驚きましたよ」とエルカンは話す。「アンテロープの仲間はコーブが75万頭、ティアンダマリスクスが15万頭以上。モンガラトムソンガゼルは30万頭近く、ゾウは6000頭もいました。南部スーダンが、アフリカでも特に重要な野生動物の生息域であることは明らかです」

 エルカンは軽飛行機に私を乗せて、白ナイル川沿いにジュバの北へと向かい、さらに東に向きを変えて、広大な草原を見せてくれた。シロミミコーブの大群が北に移動している。「ここはアフリカでも有数の原野が残るサバンナです」

 だが、ほとんど姿を消してしまった動物もいる。シマウマはハンターの格好の獲物となり、今のところ7頭しか確認されていない。

 軽飛行機は、エチオピアとの国境に近いニヤトの未舗装の滑走路に着陸した。そこには、保護計画について説明を聞くために村の指導者たちが集まっていた。草原での狩りを禁止した自治政府の決定をエルカンが伝えると、長老の一人が手を挙げた。「食べ物はどうするんだ」

 自分たちの食べる分だけ槍(やり)で仕留める昔ながらの狩りと、獲物を売るために自動小銃で大量に殺す狩りとでは大違いだと、エルカンは説明した。自治政府のレンジャーは、保護区の外で生存に必要な分だけ捕まえる狩りには目をつぶるだろう。だが、営利目的の狩猟は取り締まる必要があると、エルカンは話した。

 WCSと米政府は南部スーダン自治政府と協力して、ほぼ20万平方キロ(日本の面積の約半分)に及ぶ景観保全地域の設置をめざしている。そこには2カ所の国立公園、1カ所の野生生物保護区、油田開発予定地、人々の共有地が含まれることになる。野生動物が豊かなこの地域をうまく管理し、保全すれば、観光客を誘致でき、雇用が生まれ、収入がもたらされると、エルカンは説明した。

 長老たちはうなずいた。南部の人々は長く激しい戦いの末に自治権を勝ち取った。今度はともに生き延びた仲間である野生動物も平和に暮らせるようにすることが人々の務めだ。

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