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特集

アステカ
解明される王国の謎

NOVEMBER 2010

文=ロバート・ドレイパー 写真=ケネス・ギャレット、ヘスス・ロペス

キシコシティに残るアステカのピラミッド「テンプロ・マヨール」。数多くの生け贄(いけにえ)が捧げられたこの大神殿で、“血の儀式”の跡を見た。

 メキシコ市の中心部、憲法広場の近くにテンプロ・マヨール遺跡はある。

スペイン語で「大神殿」を意味する、アステカ時代の神聖なピラミッドだ。そのすぐ脇に掘られた深さ2.5メートルの石積みの竪穴から、500年ほど前に死んだイヌかオオカミと思われる骨格が見つかった。名前もなければ、誰かに飼われていた訳でもなさそうだが、何らかの役割を負わされていたと考えられる。というのも、その動物は入念に飾り立てられていたからだ。耳にトルコ石の耳飾りをし、首輪はヒスイ玉でできていて、さらに、足首には黄金の小さな鈴が付いたブレスレットをはめていた。

 レオナルド・ロペス・ルハン率いる発掘調査チームが、その「高貴な犬」を発見したのは、2008年夏のこと。その2年前にビル建設の工事現場で驚くべき遺物が見つかったのがきっかけで始まった調査だ。その遺物とは、重さ12トンにもなる巨大な石彫で、4つに割れてはいたものの、ピンクがかった安山岩に大地の女神トラルテクトリが彫られていた。トラルテクトリはアステカ文明における生と死のサイクルの象徴で、自分の血を飲みながら、しゃがんだ姿勢で出産している。テンプロ・マヨールの近辺から、アステカ王国時代の巨大な石彫が発見されたのは、これで3例目だ。最初は1790年に発掘された太陽の石で、黒い玄武岩の重量は24トンあった。1978年には月の女神コヨルシャウキをかたどった8トンの円盤が見つかった。

 徹底した発掘調査の結果、ロペス・ルハンのチームは石彫の横にあった深い竪穴から、それまでに類を見ないアステカ文明の遺物を発見することとなる。最初に見つかったのは、白いチャートで作られた21本の生け贄(いけにえ)用ナイフだった。表面は赤く塗られ、大きな歯と歯茎が描かれている。これはアステカの大地の怪物で、死者を受け取るために口を大きく開けているのだ。さらに深い場所からは、リュウゼツランの葉にくるまれた包みが出てきた。中身はジャガーの骨を削って作った数種の錐(きり)で、神官が自らの血を神々に捧げる際に、これらで体を傷つけた。

 儀式用の錐とともに、コパル樹脂も出土した。魂を清める目的で、神官が香として使ったものだ。錐と香は、鳥の羽根やヒスイ玉と一緒に、包みに丁寧に並べられていた。

 さらに、この包みの数メートル下から、石の箱に収められた2番目の奉納物が見つかり、ロペス・ルハンを驚かせた。中身は2体のイヌワシの骨格だ。イヌワシは太陽の象徴で、体は西向きに置かれていた。その周囲には27本の生け贄用ナイフが置かれ、うち24本は毛皮などの衣装を着せられていて、ぼろをまとった人形のようにも見えた。これらは、沈みゆく太陽の女神を意味している。こうして2010年1月までに、この竪穴からは、合計で6つの奉納物が発見された。地上から深さ7メートルの場所で見つかった最後の奉納物には、緑色岩の玉や耳飾り、小さな彫像など310点がぎっしり詰まった陶器の壺(つぼ)も含まれていた。しかも、奉納物の配置は厳密なルールに従っていて、そこにはアステカ王国の宇宙論が反映されていたのだ。

 上から2番目の奉納物の底には、念入りに飾られたあの「高貴な犬」が収められていた。飾りに使われたのは、二枚貝や巻貝の殻、カニなどで、メキシコ湾や大西洋、太平洋からここに運ばれたものであることが判明した。これはアステカの宇宙論で言うところの、黄泉(よみ)の国の最上層であり、イヌ科の動物は主人の魂が危険な川を渡るときの先導役を務めるのだ。

 この「高貴な犬」が先導するのは誰の魂なのか? 1521年にスペイン人エルナン・コルテスがメキシコを征服して以来、アステカの王たちの遺骨は一つも見つかっていない。しかし、記録によると、3人の王が火葬され、その遺灰はテンプロ・マヨールのすぐそばに埋められたという。

 トラルテクトリの石彫が出土した時、ロペス・ルハンはこの神がウサギを手にしていることに注目した。しかも、鉤爪(かぎつめ)が生えた女神の右脚には10個の点が打ってある。アステカの表記法では、「10のウサギ」は1502を意味する。それは、現存する当時の写本によると、最も恐れられた王アウィツォトルが盛大な葬儀の後に埋葬された年なのだ。石彫があった近くにアウィツォトルの墓があるに違いない。ロペス・ルハンはそう確信した。となると、「高貴な犬」は謎に満ちた民族の歴史の案内役になるだろう。アステカ人は自らを「メシーカ」と呼んだ。その伝統が現在のメキシコ人のアイデンティティーを形成している。もし、王の墓が見つかれば、ロペス・ルハンが32年にわたって続けてきた研究の集大成となるのだ。

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