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特集

麻薬聖人
メキシコの心の闇

MAY 2010

文=アルマ・ギレルモプリエト 写真=ショール・シュウォーツ

を支配するという死神を崇める人々が、メキシコで増えている。その背景には、殺人が頻発する社会で救いを求める人の姿があった。

 メキシコ北部にある刑務所「刑罰執行センター」に収監されていたその男のあだ名はスペイン語で「小さな男の子」を意味するエル・ニーニョだった。入所したのは今から9年半前。ほっそりとした体格で、顔には無邪気そうな間の抜けた笑いを浮かべている。会った時にはまだ大人になり切れていないような印象を受けたが、彼がこれまでにやってきたことを聞けば誰もがぞっとするに違いない。7歳の時に父親に捨てられたエル・ニーニョは、母方の祖父母に育てられたが、20歳の時に殺人を犯して捕まり、この刑務所に送られてきたのだ。

 同じ監房に収監されているアントニオはこぎれいな身なりをした抜け目なさそうな男で、身のこなしが素早くつぶらな瞳の持ち主だが、誘拐の罪で捕まっている。「ここに来て以来、俺たちはずっと仲間さ」。片方の言葉に、もう一方もうなずいた。

 いつ刑務所から出られるかはわからないが、エル・ニーニョは希望に満ちあふれている。自分には守護聖人がついていて、見つかれば刑期が何十年も伸びる可能性すらある所持が厳しく禁じられている品物を隠し持っていても看守には見つからないと信じているからだ。周りを敵に囲まれている時も、この守護聖人は彼をずっと見守っている。友人だと思っていたすべての人間から名前さえ忘れられた後も、「彼女」はそばにいると、仲間の信仰を後押しするアントニオは説明する。最も無防備で最も罪深き者たちの守護者であるこの奇跡の聖人こそ、サンタ・ムエルテ(死の聖人)だ。

 メキシコには「彼女」のほかにも、人々の信仰を集める聖人が何人かいる。この国は最近、ありとあらゆる困難に翻弄されてきた。干ばつ、新型インフルエンザの流行による観光産業への大打撃、主要な輸出品である石油資源の枯渇、深刻な経済危機、そして何よりも麻薬ビジネスがもたらす災厄と、陰惨で悪名高い暴力犯罪。過去20年間、メキシコ国内では殺人事件の発生件数は着実に減少しているが、「カルテル」と呼ばれる麻薬密売組織が関与した犯罪は依然として身の毛がよだつほどひどいもので、事実上の無法状態が続いている。そのため一般のメキシコ国民は、カルテルは既にメキシコ政府との「麻薬戦争」に勝ったのではないかと、事あるごとに口にするほどだ。

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