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特集

眠りの神秘

MAY 2010

文=D・T・マックス 写真=マギー・スティーバー

間は一生の約3分の1を眠って過ごす。なぜこれほど長く眠る必要があるのか? 睡眠の謎を解き明かす研究の最前線に迫る。

 29歳になるシェリル・ディンゲス軍曹は米国陸軍で近接戦闘の訓練を担当している。ミズーリ州セントルイス出身のディンゲスは、4段階ある戦闘訓練レベルで「レベル2」を教える資格を有する、陸軍でも数少ない女性兵士の一人だ。レベル2とは、同時に二人の襲撃者を相手に戦うことができる段階を指す。

 ブラジリアン柔術の修業を積み、戦場から生還するすべを身に付けたディンゲスだが、これから先もっと過酷な闘いを強いられることになるかもしれない。彼女は「致死性家族性不眠症」の遺伝子を受け継ぐ家系の出身なのだ。この病気の主な症状は眠れなくなること。まず昼寝ができなくなり、やがて夜間の睡眠が途切れ、ついには全く眠れなくなる。通常は50歳代で発症し、発症後1年ほどで、病名が示す通り、死に至る。ディンゲスは、発症の可能性を診断する遺伝子検査を拒否している。「病気の遺伝子があることが分かったら、頑張る気力をなくしそうで心配なんです」

 致死性家族性不眠症は謎に包まれた恐ろしい病気だ。プリオンと呼ばれる異常なたんぱく粒子が脳にある視床に蓄積して発症すると考えられている。視床の働きが損なわれるために、睡眠が妨げられるのだ。しかし、プリオンが蓄積する理由は不明で、予防法も、不眠などの症状を緩和する方法も分かっていない。この病気の研究が進むまで、大半の研究者は視床が睡眠にかかわることすら知らなかった。

 致死性家族性不眠症はきわめて稀(まれ)な病気で、この遺伝子を受け継ぐ家系は世界中で40家族しか知られていない。もっとも、この病気ほど深刻ではなくても、不眠に悩む人は世界中にいる。人はなぜ眠れなくなるのか。この謎は、ほとんど解明されていないのが現実だ。

 不眠のメカニズムが分からないのは、そもそも何のために睡眠が必要かが分からないからでもある。分かっているのは、眠れないと困ること。眠るまいといくら頑張っても、結局は睡魔には勝てないことも分かっている。ほとんどの人は、寝入ってから7~9時間後に目が覚め、目覚めてから15~17時間後にまた眠くなる。

 睡眠に、ゆったりした脳波が検出される深い眠りと、急速眼球運動(rapid eye movement)の頭文字をとってREM(レム)と呼ばれる浅い眠りがあることが分かったのは50年ほど前。レム睡眠中、脳は覚醒(かくせい)時のように活発に働いているが、体の筋肉を意識的に動かすことはできない。人間のほか、哺乳類と鳥類も眠る。イルカの場合、睡眠中も水面に浮上して呼吸する必要があるので、左右の脳が交代で眠りに入る。

 眠りは代償も伴う。睡眠中は長時間じっとしているから、捕食動物に狙われやすいのだ。そんな危険を冒してまで、眠ることで何が得られるというのか。著名な睡眠の研究者アラン・レヒトシャッヘンはかつてこう語っている。「睡眠が生存に不可欠なものでないのなら、進化がもたらした最大の失敗ということになるだろう」

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