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特集

北米大陸の王冠
氷河をいただく
自然公園

FEBRUARY 2008


 およそ7500万年前、プレート運動によって東に押された地殻が数キロもの厚さで盛りあがり、隣りあう地層に覆いかぶさった。この押しかぶせ断層は、浅い内海で15億~8億年前に形成された、クリーム色の石灰岩と赤や緑の泥岩の層が幾重にも重なっている。

 わずかだが、シアノバクテリア(藍藻類)のコロニーや塚が、泥や砂粒と混じって岩石になったストロマトライトも見られる。見た目はたいして印象的ではないが、知られているかぎり最古の生物の一つで、光合成を行った最古の生物の可能性もある。つまり、太陽光からエネルギーを得て、養分となる糖類をつくりだした最初の生物かもしれないのだ。

 光合成の過程で“ごみ”として発生するのが酸素だ。光合成によって酸素が放出されると、二酸化炭素とメタンガスが充満していた原始の大気は徐々に変わりはじめる。その結果、生物進化の方向も変わっていった。ちっぽけなシアノバクテリアとその後継者の集団が、酸素の豊富な空気をつくりだしたおかげで、我々人間も、子ヤギを連れて細く切り立った稜線を伝う雌のシロイワヤギたちも、近くの巨岩の陰から私が食べている軽食を狙っているシラガマーモットも、この世に存在できるのだ。

 標高3000メートル地点で、はるか昔海底だった岩棚に腰かけていると、そんな考えにふけりたくなる。周りにあるのは、ただひたすら青く、命をはぐくんできた空だけだ。

 気の遠くなるような年月のあいだに、隆起した地層のもろい部分を風雨が削りさった。氷河期には侵食がさらに進んだ。厚さ2キロの氷河は、峰々の頂上を除くすべての地を200万年以上も覆いつくした。そのあいだもロッキー山脈は隆起しつづけた。1年に隆起するのは、ユキホオジロの羽の厚さほどのわずかな高さだったかもしれないが、途切れることはなかった。

 氷河がついに後退したとき、見事なまでに切り立ち、磨き上げられた雄姿を現したのが北米大陸の王冠、ロッキー山脈だ。峰々はかつてないほど高く、岩壁はいっそう険しくそそり立ち、いくつもの谷を見下ろしている。これらの谷はかつて狭い峡谷だったが、氷河に削りとられ、幅が広く見晴らしのよいU字谷となっている。

 頂上近くの斜面には今も、小さな山岳氷河が散在する。圏谷と呼ばれる椀状の谷や、真夏でも日の当たらない、高く険しい岩壁の下に残った氷河もある。この地が国立公園に指定された1910年には約150の氷河が存在したが、地球温暖化が進んだ今では30足らずにまで減少した。米国地質調査所の環境学者で、ここで観測を続けるダニエル・フェイグリーは、「最後の氷河も遅くとも2030年までにはなくなるだろう」と言う。グレイシャーレス国立公園になってしまったら、何とも悲しいものだ。

 しかし、もっと切迫した問題があるとフェイグリーは言う。雪塊や氷原が減り、春の雪解けが早まると、植物の生育期間が長くなり、かつての亜高山帯や高山帯にまで森林限界が広がる。すると、晩夏まで確実に水を供給してきた氷河と万年雪原が消えるかもしれない。もしそうなれば、この地の野生生物たちはいったいどうなるのだろう? 川下で灌漑に頼る農場や牧場は? 飲み水を必要とする町や村は? 魚はもちろん、漁師や遠くの荷船の船頭にいたるまで影響を受けるだろう。

 「国立公園は景色を愛でたり余暇を楽しんだりするためだけの場所ではないことを、納税者である国民と政府が理解するよう祈るしかない」とフェイグリーは言う。「国立公園では貴重な生態系がはぐくまれているし、重要な情報収集の場になっている。現代社会の発展に妨げられずに、環境変化の兆候を示す危険信号をとらえられる場所はほかにはあまりありません」

 現在、私はグレイシャー国立公園におけるクズリの調査研究プロジェクトに、ボランティアとして参加している。クズリは陸生のイタチ科最大の動物で、低地の48州で激減しているが、ここなら彼らの繁殖と生息に関する情報を十分に得られる。体重10~15キロのクズリは非常に活発で、ハイイログマから獲物を横取りするほど気性が荒い動物だ。私たちにとっては、この公園内で研究ができることも魅力だ。

 迫りくる峰々に囲まれたジョセフィン湖の凍った湖面は、クズリが最もわなにかかりやすい夜になると、そう簡単には進めない。気温はマイナス18℃まで下がり、グリンネル・ポイントで発生した雪崩が氷上いっぱいに広がる。公園の東側では何日もやむことなく風がうなり、地吹雪を起こす。単独行の私は、アレン山の基部をたどる長めのルートを採った。

 3キロほど進むと下りになり、巨大なトウヒの老木が立ち並ぶ原生林になる。突風は大枝にさえぎられ、地表近くではそよ風ほどに弱まっている。頭上高くでこずえが揺れつづけ、うめき声やささやき声などさまざまな音で満ちている。私はその一つひとつに耳をすませる。ここではよくヘラジカが通ったばかりの足跡が見つかり、ピューマの足跡に出くわすこともあるからだ。

 都会から離れたこの地の完全な静寂のなかには、凍りつくような恐怖が入りまじっている。人間には到底つくりだせそうもないこの独特の雰囲気を、グレイシャー国立公園の原野はいとも簡単に生み出すことができる。

 岩の切れ目から、雄大な景色が眼下に広がるのが見える。あとほんの少しでも身を乗り出したら、真下の岩場に真っ逆さまだ。太陽で温められた巨岩にもたれてまどろむと、反対側でアメリカクロクマの親子がユリ科のキバナカタクリの球根を掘る気配を感じ、目が覚める。

 暑い夏の日の午後には、グレイシャー国立公園の湖に何度も飛びこんだ。昨秋、ハイイログマを見るために公園の東側へハイキングに出かける準備をしていると、駐車場を出る前に、7頭が草地の斜面でクマコケモモの実を食べるのを見かけた。金色に色づくポプラの林を抜けるゆるやかな道を30分も行かないうちに、山の上方の岩棚では2頭がのんびり歩いていた。

 グレイシャー国立公園の創設者たちは、来訪者一人ひとりが公園を体験する最高の方法を、自分なりに見いだすべきだと考えた。何がベストかは断言できない。ここにはまだ試していないことが山のようにあるのだ。

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