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特集

アイスマン
その悲運の最期

JULY 2007

文=スティーブン・S・ホール イラスト=サノ・カズヒコ

ルプスの解けた氷河から発見された新石器時代のミイラ「アイスマン」。背後から矢で射られて死んだという説が今、脚光を浴びている。

 今から5000年以上も前のイタリア・アルプス。春から夏に変わるころ、山々に向かって北に伸びる狭い谷に、ホップホーンビームというカバノキ科の高木が、鮮やかな黄色い花をそっと咲かせる。一人の男が慣れた足取りで森を駆け抜けていた。右手の傷の痛みに顔をゆがめ、ときどき立ち止まっては、追っ手の気配に耳を澄ませる。坂道を登って逃げるとき、霧雨のように降りそそいだホップホーンビームの黄色い花粉は、男が口にした水や食べ物にもかかっていた。

 それから5000年あまりが過ぎた1991年、イタリアとオーストリアの国境にあるエッツタール・アルプスの岩陰で、ミイラ化した男性の遺体を登山者が発見した。「アイスマン」と呼ばれるこのミイラは、新石器時代のものだった。

 以来、アイスマンは科学者たちの手によってあらゆる角度から分析されてきた。体内から検出された微量の古代の花粉は、顕微鏡でないと見えない微細なものだが、アイスマンがこの森を駆け抜けて近くの山に入り、息をひきとった年代を示す重要な証拠だ。

 発見地にちなんで「エッツィ」という愛称でも知られるアイスマンは、完全な姿を残す人類のミイラとしては最古のものだ。背が低く、がっしりした体格で、亡くなったときは40代半ばだったことがわかっている。当時ならかなり年配と言っていいだろう。貴重な銅刃の斧を持っていたことから判断すると、社会的な地位がかなり高い人物だったと考えられる。

 そのいでたちは、衣服を3枚重ね着し、底がクマ皮でできた丈夫な靴を履くというものだった。装備も万端で、先端が火打ち石でできた短刀や火おこしの道具を携え、火種として使う燃えさしをカエデの葉で包み、カバノキの樹皮でつくった容器に入れていた。

 しかし、山に入ろうとするにしては、所持する武器は心細いものだった。シカ皮の矢筒に入っていた矢はつくりかけで、まるで矢を使い切ってしまって、新たにつくっている最中だったかのようだ。荒く削っただけのイチイの長い枝はつくりかけの大弓で、切りこみも入れていなければ、弦も張っていない。いったいアイスマンに何が起こったのだろう。

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