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特集

ニューギニアの極楽鳥
魅惑のダンス

JULY 2007

文=ジェニファー・S・ホーランド 写真=ティム・レイマン

やかな羽と風変わりな求愛ダンスで雌を魅了する、ゴクラクチョウの雄。異性の気を引くことだけに精を出す鳥たちの不思議な生態を探った。

 深々と優雅にお辞儀をしながら、ゴクラクチョウの雄がビロードのマントのような黒い羽を逆立て、淡い色の脇腹を見せた。細くしなやかな頭の飾り羽が、リズミカルに地面に触れる。雌に捧げる求愛ダンスの舞台となる一角は、雄が前もってきれいに掃除し、草の根をまいてある。自分をより魅力的に見せるための演出だ。

 “観客”は、厳しい目で雄を品定めする数羽の雌たち。すぐ上の枝に並んで、期待に胸を高鳴らせて舞台を見下ろしている。雄のダンスに関心を向けるのはほんの一瞬だ。早速、いつものように踊り始めた雄は、バレリーナのように細長い脚でつま先立ちになり、前へ進み出る。そして、ふいに動きを止め、雌の心を引きつけてから、激しいダンスを踊り出す。頭を上下に振って、頭の飾り羽を弾ませる。飛び跳ねたり体を揺らしたり、休む間もない。羽ばたきであごひげが震えている。一心不乱の求愛ダンスに魅了され、一番近くにいた雌が身を震わせて雄を誘う。雄は甲高い鳴き声を上げて、雌に飛びかかる。激しい羽の動きのせいで、アタックの成否は知るよしもない。しかし、そんなことはお構いなしに、雄はすぐに次の相手を求めてダンスショーを再開する。

 ニューギニアの熱帯雨林は、ゴクラクチョウの一風変わった求愛ダンスの舞台だ。こんな方法で交尾の相手を誘惑する鳥は、世界中どこを探してもほかにいない。好みのうるさい雌を魅了するために、雄はきらびやかな羽でできた“派手な舞台衣装”を身にまとっている。小粋なマントに、つややかな胸当てを光らせ、頭にはリボンや帽子で飾りたてたような着飾りぶりだ。あごひげや、左右に大きく伸びたカイザーひげ、さらにはたっぷりとした首の肉まで震わせて雌の気を引く。赤、黄、青などの鮮やかな色が、緑濃い熱帯雨林にひときわ映える。

 華やかな羽をもつゴクラクチョウたちは、意外にも分類上はカラスに近縁とされる。数百万年前にカラスから枝分かれし、今日見られる38種のゴクラクチョウの仲間になったのだ。うち34種は、ニューギニアと周辺の島々にしか生息していない。

 ゴクラクチョウの標本が初めてヨーロッパに渡ったのは1522年。ニューギニアから西洋諸国の王族への贈り物として、探検家マゼランの船が、世界一周の末にスペインへ持ち帰ったのだ。

 初めてこの地を訪れた人々は、野生のゴクラクチョウを見て驚嘆した。「驚きのあまり、銃を手にしたまま撃つことを忘れてしまった。まるで、長い光の尾をひいて空を飛んでいく流れ星のようだった」と、1824年にニューギニアを訪れたフランス人の動物学者ルネ・レッソンは記している。

 ヨーロッパでゴクラクチョウの羽は人気を集め、その後数十年にわたり、狩猟と貿易が盛んに行われた。20世紀初頭の最盛期には、女性の帽子の飾り用に、年間約8万羽分の羽が輸出された。だが、こうした過熱ぶりに英米の鳥類保護団体が警鐘を鳴らすようになり、やがて乱獲は収まっていった。1908年、英国は英領ニューギニアにおける営利目的の狩猟を禁じ、1931年にはオランダもこれにならった。今日では、研究目的以外でゴクラクチョウをニューギニアから持ち出すことは、禁止されている。

 ニューギニアの先住民は、異国の人々がゴクラクチョウを発見するはるか昔から、この鳥をあがめていた。美しい飾り羽は、花嫁の家族への贈り物として用いられた。土地の神話では、ゴクラクチョウを部族の祖先や象徴としてとらえている。現在も、ゴクラクチョウを崇拝する伝統は変わらない。ある部族の男性は、「私たちはゴクラクチョウを愛している。我が一族は彼らの生まれ変わりだ」と話す。

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