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特集

海を渡る蝶
アサギマダラ

MAY 2007



 今では毎年、全国で数万頭にマークがつけられる。再捕獲される確率はせいぜい1%程度だが、それでも年に数百の移動記録が得られ、実態の解明に貢献している。

 個人でも、驚くような数をマークする人たちがいる。京都府の内田孝さんは夏の比良山でテント生活をしながら、金田忍さんらと協力して数千頭から1万頭にマークを付け、夏山での生態の解明など、大きな実績を残した。藤井恒さんは、全国のマーキングポイントをくまなくめぐり、多数の南下移動を記録した。東京都の栗田昌裕さんは2005~06年、福島県の北塩原村を中心に年間1万頭を超す蝶をマーク。全国に分散・移動した蝶が、各地で数多く再確認された。

 これまでの記録を大きくつなげると、夏から秋にかけて、東北地方から東海地方へ、そして紀伊半島や四国を通って、鹿児島県の喜界島、沖縄方面へと移動していく、アサギマダラの旅路が見えてくる(地図参照)。

 南方や低地で羽化したアサギマダラの成虫は、春から夏にかけて北東へ、あるいは高地へと移動する。夏の間は、標高1000メートル以上の高原地帯が主な生息地となる。だが、必ずしも同じ場所にはとどまらず、短距離・中距離の移動を繰り返していることなども、マーキング調査の積み重ねから浮かび上がってきた。

 夏の終わりから秋には、北上した蝶の子や孫の世代が低地へ、南へと移動していく。温暖な沖縄などでは冬も成虫が見られるが、多くの地域では休眠せずに幼虫として冬を越す。

 アサギマダラの母蝶は、幼虫の餌になるガガイモ科の植物を探して、葉の裏側に産卵する。北上していく雄は、スイゼンジナやスナビキソウの花に集まる。海岸に生えるモンパノキの幹にも、雄が群がり汁を吸う姿が見られる。夏の高原ではヨツバヒヨドリ、秋には同属のヒヨドリバナ、フジバカマに群がる習性がある。なぜ雄は、特定の植物に集まるのだろうか?

 その答えは、異性を誘うフェロモンだ。アサギマダラの雄が雌を交尾に誘うフェロモンは、花蜜や葉などに含まれる、ある種のアルカロイドを原料に体内でつくられる。フェロモンや産卵刺激物質、天敵に対抗する毒など、蝶と化学物質の関係を研究テーマとする広島大学教授の本田計一さんは、「この蝶が特定の植物に集まるメカニズムには、その鋭い嗅覚や、花の香りを構成する物質、種々の生理作用に関与する植物中のアルカロイド類などが深くかかわっていることがはっきりしてきました」と話す。

 アサギマダラは東南アジアからヒマラヤまでアジアに広く分布するが、近縁種や亜種の間の違いについても研究が進んでいる。日本や台湾でみられるアサギマダラはこれまで亜種の一つとみられていたが、放送大学の新川勉さんは、「DNAの違いなどからみて、独立種Parantica niphonicaとすべきだと考えています」と言う。

 アマチュアの昆虫愛好家たちが各地でフィールドワークを展開する一方で、専門の研究者たちが、分子レベルの謎解きに挑む。たくさんの人々の力で、この蝶の全体像が少しずつ見えてくるプロセスには、実にわくわくさせられる。その一翼を、自分たちも担っていると思えばなおさらだ。

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