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特集

シリーズ 地球の悲鳴
滅びゆくゾウの王国

MARCH 2007

文=J・マイケル・フェイ 写真=マイケル・ニコルズ

フリカ中部では、今もなお象牙目当ての密猟者によるゾウの虐殺が絶えない。チャドのザクーマ国立公園で懸命に続く保護活動を追った。

ザクーマ 滅びゆくゾウの王国
 チャド南東部にあるザクーマ国立公園は、世界最大のゾウの生息地だ。奴隷制度や植民地化、内戦といった動乱の歴史を乗り越え、自然保護活動家たちは、ここに野生生物の楽園を築き上げた。
 3100平方キロ余りの面積をもつザクーマ国立公園では、武装したレンジャーたちがここに生息する数多くの動物たちを守っている。彼らは、自らの命を危険にさらしながらも、闇市場で売りさばいたり、縁起ものとして飾るために動物を殺す密猟者と闘っている。普段は乾ききったこの地域に雨期が到来すると、3500頭ほどのゾウたちは、豊富な餌を求めて、公園の境界の外へと出ていく。そこでは、密猟者がゾウたちを待ち構えている。
 2006年の雨期が始まる頃、ザクーマに向かった自然保護活動家のJ・マイケル・フェイと、ナショナル ジオグラフィックの写真家マイケル・ニコルズはそこで、公園のすぐ外側に潜み、ゾウたちを脅かしている危険を目の当たりにした。

 巨大な雄のゾウの死骸が、横倒しになっていた。右脚を不自然に折り曲げている。苦痛にあえぎながら死んだせいだろうか。目は開いたままで、上から土がかぶせてある。死骸がコンドルに見つからないよう、密猟者が土をかけていったのだ。交尾期の雄に特有の分泌物や尿、まだ新しい死肉の臭いが漂ってくる。

 鼻の付け根の部分の太さが人間の胴回りほどもある、大きなゾウだった。鼻から尾へとなでていくうちに、自然と涙がこぼれ落ちる。耳を持ち上げると、口から鮮やかな色の血が泡立ちながら流れ落ち、地面に血だまりをつくった。足の裏に走る何本もの深いしわが、30年ほどの生涯を物語っているようだ。私がアフリカ中部で、何百回となく見てきたのと同じ光景だ。

 かつてアラブやアフリカのイスラム諸国の専制君主に命じられ、幾多の部隊が象牙や奴隷を求めてアフリカ大陸を南下した時代も、ゾウたちは生き延びた。この雄も内戦や干ばつといった厳しい状況を生き抜いてきた。それなのに、わずか数キロの象牙を手に入れようとした人間のせいで殺されてしまったのだ。

 最初の銃声が鳴り響いたのは、ゾウの群れが森の木陰を静かに歩きまわり、甘い樹液に満ちた枝を食べていたときだった。この雄は逃げ遅れたに違いない。馬に追いつめられ、何発も何発も銃弾を撃ち込まれた。分厚い皮膚を貫いた弾丸が、筋肉や骨や脳にめり込み、ついには倒れこんでしまったのだ。

 数えると、頭部には8個の小さな穴が開いていた。私たちがこの死骸を発見するまでに耳にした銃声は48発に上る。

 公園のレンジャーで構成する騎馬隊を率いるスレイマン・マンド分隊長は、押し黙ったままだ。でも、私と同じように心の奥には、復讐心が煮えたぎっているようだった。

 アフリカ中部のチャドにあるザクーマ国立公園では、命がけの密猟の取り締まりが行われてきた。密猟者が発砲してきた場合には、レンジャーの自衛も許されている。でも実際には生きるか死ぬかの状況で、先に引き金を引いて相手を倒さねばならない。過去8年間で6人のレンジャーが密猟者に殺害され、レンジャー側も6人以上の密猟者を射殺した。

 いま、密猟者に向けて何発撃ったのか、私はスレイマンに尋ねた。3発だと彼は答えた。他の7人のレンジャーたちも計21発撃って応戦したが、馬に乗った密猟者を取り逃がしてしまった。密猟者はアラブ系遊牧民の二人組の男で、旧ソ連軍のAK-47や米軍のM14といった自動小銃を装備していたという。別の二人組も目撃されていて、レンジャーの一人アドゥムが銃で狙ったが、やはり姿を見失った。この密猟者たちに狙われたゾウは、傷つき、恐怖に駆られながら逃げたに違いない。

 ザクーマのレンジャーは公園に定住する地元民とアラブ人の混成部隊で、ほとんどがイスラム教徒だが、ゾウを密猟するアラブ系の騎馬遊牧民とは、互いに憎みあっている。それだけにスレイマンはすぐに密猟者を追撃するつもりだったが、部下たちは象牙をそのまま放置することができないようだった。私の知る限り、アフリカの住民は密猟者に限らず、ほとんどが象牙に目がない。公園の保護に身を捧げるレンジャーも、その例外ではないようだ。

 ほかのレンジャーも合流すると、殺されたゾウに対する憐れみは次第に薄れ、彼らは夢中になって牙を切りとる作業に取り組み始めた。レンジャーの一人ンジョンゴが、鼻を覆う厚さ2センチほどの皮をナイフで切り裂き、切断して死んだヘビのようになった鼻をかたわらに投げ捨てる。続いて斧を手にすると、顔面の骨を叩き割った。ンジョンゴは背中に汗を光らせながら、1時間近く作業を続けた。

 象牙は円錐形をしていて深く埋まっているので、正確かつ慎重に取り外していかなければならない。手元が狂えば牙は簡単に傷ついてしまう。ンジョンゴは牙がぐらつくかどうかを確かめながら作業を進めた。最後に強く引っぱると、牙は大きな音を立てて、すっぽり抜けた。

 スレイマンが牙をつかんで揺さぶる。すると歯の根がぬるっと地面に滑り落ちた。空洞になった部分が欠けたりしないよう、中に藁を詰め込んでようやく作業は終了した。

 4日間の追跡行で、得たものはこの象牙だけだった。この象牙は、もちろんレンジャーたちのものになるわけではなく、本部の倉庫に運ばれて、これまでに押収した象牙とともに保管される。もし密猟者がまんまと手にしていたら、この象牙はスーダンのハルツームや、カメルーンのドゥアラといった近隣の都市で彫刻や宝飾品となって売られたり、あるいは闇市場を通じてアジアに運ばれたりする運命だっただろう。

 スレイマンはゾウの耳を切り取り、クッション代わりにロバの背に乗せると、そこに牙をしっかりとくくりつけた。2006年5月下旬の真昼のことで、気温は46℃に達している。そこからベースキャンプまでは、4時間のつらい行程を耐えなければならなかった。

 アフリカ・チャドの南東に位置するザクーマ国立公園は、乾期の間、遊牧民のオアシスとなる地にある。コロム川、ティンガ川、ベヘダ川の各河川がサラマト川と合流し、サハラ砂漠を南下した人々が最初に出会う、かれることのない水場だ。奴隷狩り、植民地化、内戦といった厳しい歴史を経たこの地につくられた野生生物の保護区がザクーマ国立公園である。

 300キロほど東にあるスーダンのダルフール地域では、いまでも紛争が続いている。チャドにも難民が押し寄せているが、ザクーマの豊かな大自然はそのまま変わらず、人間が何千人と死んでいる一方で、ゾウたちは比較的平穏に暮らしてきた。

 ザクーマ国立公園の面積は3000平方キロ(東京都の1.5倍ほど)もある。それでも動物たちが暮らしていくには狭すぎる。このため、毎年乾期が終わるころになると、危険が待ちかまえているにもかかわらず、3500頭ほどのゾウが食料を求めて公園を離れていく。スーダン南部からチャド南東部、中央アフリカ共和国東部を経て、コンゴの森林地帯にぶつかるまでの、日本の総面積の2倍近い広大な地域には、1970年代前半に30万頭のゾウがいたが、今日ではわずか1万頭にまで急減した。

 その原因は人間にある。

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