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特集

海の歌い手
ザトウクジラ

JANUARY 2007

文=ダグラス・H・チャドウィック 写真=フリップ・ニクリン

平洋のハワイ沖には、繁殖と子育てのために数千頭のザトウクジラが集まる。雄たちの「クジラの歌」は有名だが、“雌へのラブソング”だという定説は最新の調査によりくつがえされた。ザトウクジラの生態の謎を追う。

 世界最大の哺乳類、クジラの絶滅が心配されたのは、それほど昔のことではない。1960~70年代には商業捕鯨により大型クジラの多くが激減し、この生物が地球から姿を消す日も遠くないように思えた。

 だが、心配は杞憂に終わった。太平洋に連なるハワイ諸島のアウアウ海峡では現在、冬になればマウイ島とラナイ島を隔てる海に体重40トンにも及ぶザトウクジラがひしめき、波間のあちこちで潮を噴き上げている。尾ビレまですっかり飛びだす勢いでジャンプすれば、頭は海面から12メートルもの高さに達し、着水時の轟音は数キロ先まで響きわたる。

 ザトウクジラは一時、世界で数千頭まで減少したが、大型クジラのなかでも比較的早い1960年代に捕獲が国際的に禁止されると、個体数は再び増えはじめた。過去最大規模のザトウクジラ調査プロジェクト「SPLASH(スプラッシュ)」は、まもなく3年間の調査を完了するが、北太平洋だけでも生息数が1万頭を上回るのは確実で、2万5000頭に達する可能性もある。

 その半数から3分の2は、11月下旬から5月にかけてハワイ周辺、特にアウアウ海峡を含む3550平方キロのハワイ諸島ザトウクジラ国立海洋保護区に集まってくる。

 ザトウクジラが陽光の下で水しぶきを上げるたび、ホエールウォッチングの船から歓声が上がる。クジラが姿を見せるのは、普通は息つぎのため浮上する短い間だけで、海の中にはもっとたくさんのクジラが潜んでいる。

 ザトウクジラは海面で活発に動くほうだが、それでも生活時間の9割は水中で過ごす。そこで彼らは、何をしているのだろうか? ザトウクジラの回遊範囲は広く、波の高い遠洋までは追跡調査の手も及ばない。しかし、アウアウ海峡での調査から、クジラの生態のなかでも特に重要な、求愛行動と子育てについての手がかりが徐々に集まりはじめた。

 マウイ島に拠点をおく研究教育機関ホエール・トラストの観察調査によれば、海の中で、有名な「ザトウクジラの歌」を歌っている雄たちも確かにいる。また、母クジラが栄養豊かな母乳をせっせと与え、子クジラの体重は日に数十キロずつ増えていくことも確認されている。だが、歌も歌わず、子育ても遊泳もせずに海中に潜んでいるザトウグジラがどれぐらいいるのかは、最近までよくわかっていなかった。

 「調査が進むにつれて、海面下10~25メートルあたりで時速2~3キロの海流に身をまかせて漂っているザトウクジラが次々と見つかった」と、海生哺乳類を長年観察してきた写真家のフリップ・ニクリンは言う。「今では海峡を見わたすだけで、海の中をクジラたちが流れに乗って漂っていくさまが目に浮かぶようになったよ」

 ザトウクジラの多くは、北米のアラスカやカナダの西海岸沖のエサ場(索餌場)から4000キロ以上も回遊してきて、これから再びエサ場に戻る長い旅をしなければならない。にもかかわらず、これらのクジラはハワイの海ではエサを食べていないようだ。沖合では時折“軽い食事”くらいとっているのでは、とみる研究者もいる。だが、ザトウクジラを毎日観察しても、排泄物はまるで見あたらない。どうやら皮下の分厚い脂肪層がエネルギー源となっているらしい。ザトウクジラほどの巨体なら、それも可能だ。

 活動的なザトウクジラは10~15分ごとに息つぎのため浮上するが、海中でじっとしているクジラは息つぎもあまりせず、およそ30分も海中に潜ったままで、ほとんど身動きもしない。このため研究者たちは「ブレスホルダー(呼吸を止める者)」と呼ぶようになったと、ニクリンは言う。このクジラたちは、冬の生息地で最も重要な活動――パートナー探しのために、エネルギーを温存しているのかもしれない。

 調査船「ディープ・ブルー」の船首でダン・サルダンが声を上げた。「ほら、あれが十字ブロックだ」。ザトウクジラの社会行動を研究するハワイ・クジラ調査財団の責任者サルダンが、そのときジャンプした1頭の雄の動きを解説してくれた。この雄は海面からなかば躍り出ると、左右の長い胸ビレを翼のように広げて十文字のポーズをとり、背後から追ってきた雄の進路を阻んだ。全部で10頭あまりの雄クジラが群れをなし、すぐ前を泳ぐ雌に近づこうと先を競いあっている。

 船の左舷側では、群れの先頭を泳ぐ数頭の大きな雄がせわしなく向きを変えながら押しあい、体当たりしたりヒレで叩きあったりしながら、アウアウ海峡を横切っていく。やがて先頭集団は3頭になり、並んで巨大な頭部を高々と突き上げ、モーターボートのように波を切って進んでいった。クジラの半開きの口から海水が滝のように流れ落ち、大量の空気が音を立てて噴気孔を出入りする。

 やがて3頭は口や噴気孔から気泡を放ち、泡の列を残して海中に姿を消していった。サルダンはこの泡の列を「あぶくの道」と呼び、優位な個体が権威を示す行為とみている。そのとき突然、1頭の雄の背中がぐんぐん海面からせり出してきた。

 体の下に別の雄が潜りこみ、水中から押し上げているのだ。サルダンはこの動きを「ビーチング」と呼んだ。確かに、押し上げられたクジラは、見えない砂洲に乗り上げたように見える。

 サルダンは個体識別用に、この騒ぎに加わっているクジラの尾の部分の写真を撮影した(ザトウクジラは尾ビレの下側の模様や傷が1頭ごとに違う)。撮り終えると、ウェットスーツと特大のフィン(足ヒレ)を着けて船尾に座り、辛抱強く待機していた助手のペギー・スタップに合図した。「オーケー、始めよう」。海に入ったスタップは、片手でビデオカメラを構え、体重数十トンの巨体で泳ぎ回るクジラたちの動きを追う。もう一方の手は海面から高く上げている。デッキにいる私たちにクジラの数と移動方向を知らせ、追跡しやすくするためだ。

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