チェルノブイリに惹きつけられる人々

2014.09.22
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プリピャチへ向かう道の脇に立つ、放射線の危険を知らせる標識。

Photograph by Gerd Ludwig / INSTITUTE
 自宅のあるチェルニーヒウからさほど遠くないチェルノブイリという謎めいた場所のことを初めて聞いたとき、ディミトリーはまだ子供だった。爆発、避難、汚染された水と空気。そこでは、何か奇妙で恐ろしいことが起きたらしい。「自分の町でも同じようなことが起きて、避難しなければいけなくなるかもしれないと思った」と彼は振り返る。

 だが、成長するにつれて彼の恐怖は強い興味へと変わり、十代になる頃には立ち入り禁止区域を探検したいと思うようになった。

 2009年、23歳になったディミトリーは友人たちとインターネット上に掲示板を開設。すぐにウクライナやベラルーシ、ロシアから20人ほどのメンバーが集うようになった。

 その中の一人、イーゴリはすでに禁止区域に2回潜入したことがあった。「僕にとって、彼は神のような存在だったよ」とディミトリーは言う。そこで、ディミトリーと彼の友人はイーゴリの探検に同行する約束をとりつけた。

◆廃墟の町

 チェルノブイリ原子力発電所から半径30キロメートル圏内の区域はフェンスで囲われているが、その気になれば侵入することができる。川を泳いで渡ったら、破壊された原子炉から3キロも離れていない廃墟の町、プリピャチへの長い道のりが始まる。

 ディミトリーは荒れ地を想像していたが、事故から長い時間が経過した町は青々とした森林へと変貌していた。1日目の夜、ディミトリーは間に合わせのテントの中でナイフを握りしめ、野生のイノシシやオオカミの声を聞きながら寝ずに過ごした。

 警察の目を避けながら約90キロメートルの距離を歩いた彼らは、4日後に立ち入り禁止区域を後にした。その後まもなく、ディミトリーは自分で秘密の探検隊を率いるようになった。これまでに少なくとも100回は潜入しているという。

「自分が住んでいる町よりもプリピャチに詳しい」とディミトリー。

 人目を盗んで立ち入り禁止区域に侵入するディミトリーのような人々は、アンドレイ・タルコフスキー監督の映画『ストーカー(Stalker)』(1979年ソ連)にちなんで“ストーカー”と呼ばれる。映画は、 “ゾーン”と呼ばれる魅惑的で荒涼とした土地を舞台とする。隕石の墜落か宇宙人の侵略か、真相は不明だが何らかの理由で見捨てられた場所という設定だ。危険に満ちているにもかかわらず、数名の勇敢な人々がゾーンの魅力に引き寄せられる。彼らの案内役を務めるのが、真面目さと子供っぽさを持ち合わせる男、ストーカーだ。

 1986年のチェルノブイリ原発事故以来、タルコフスキーの映画は現実世界に現れたゾーンの寓話と見なされるようになり、彼が取り上げた題材を基にしたビデオゲームも存在する。

 ディミトリーもまた、禁止区域の不思議な力を実感している。イゴールに同行した初めての探検でプリピャチに到着したときのことだ。彼らは警察に見つかることを避けるため、懐中電灯を使っていなかった。しかし、「その日は満月で、月の明かりに目が慣れると何でもはっきりと見えた」とディミトリーは回想する。

◆放射能汚染

 年月を重ねるにつれ、ディミトリーと彼の友人たちは放射線測定器を駆使し、放射能レベルが高い場所には長居しないようになった。しかし、汚染を避けることは不可能だ。

「放射能を多く含んだ空気を吸ったし、汚染水もたくさん飲んだ。喉がひどく乾いているのにきれいな水がないという事態にはどうしてもぶつかってしまう」。彼が体験した最も高い放射能レベルは、手持ちの測定器が測定できる最大線量0.01シーベルトかそれ以上だという。0.01シーベルトは、全身CTスキャン1回で浴びる線量に相当する。測定したのは、爆発後に出動した消防隊員が放射線障害の治療を受けた病院で、今も地下室には汚染されたユニフォームが積み上げられている。

 だが、ディミトリーに不安な様子はない。「あの恐ろしい時期を体験した人々を見てきたが、彼らは今も生きていてちゃんと暮らしている。僕は放射能恐怖症とは無縁だよ」。

Photograph by Gerd Ludwig / INSTITUTE

文=George Johnson

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