農業を変えるか、土壌微生物の可能性

2014.09.22
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
米ペンシルバニア州セントラリアでは、50年以上にわたって地中の石炭層で火が燃え続けている。研究者たちは現在、この熱い土の中に穀物増産に役立つ菌が生息すると考えている。枠内は、大豆の根に着いて大気中の窒素を植物が吸収できる形に変える窒素固定菌の顕微鏡画像。

Photographs by Teake Zuidema and Hollandse Hoogte/Redux; (inset) Visuals Unlimited/Corbis
 寒さの厳しい昨年2月、マーレン・フリーゼン(Maren Friesen)氏は雪に覆われた平原を車で8時間走り、ペンシルバニア州セントラリアを目指していた。1962年、この町の地中にある石炭層に火が付き、半世紀以上たった今もなお足元でくすぶり続けている。白煙を上げるだけの不毛の地だが、食料を世界に行き渡らせる鍵を握っている可能性がある。 微生物学者のフリーゼン氏は、熱を持った奇妙な土の中に生息しているとみられる細菌を探していた。この控え目な菌が持つ特殊な力が、農家の作物増産に役立つかもしれないからだ。

 ドイツの研究チームが、ストレプトマイセス・サーモオートトロフィカス(Streptomyces thermoautotrophicus)の名で知られる見つけにくい菌の特性を発表したのは10年以上前のことだ。この菌は、空中の窒素を植物が使える形に変換する「窒素固定」を、酸素のある条件下でも行えるという独特の能力があった。通常、窒素固定を行う細菌酵素にとって酸素は毒となる。

 しかしこの菌は、特性が初めて分かった後、どこかに消えてしまった。これを再び発見し、普通なら窒素固定ができない植物にその能力を組み込めば、農家は従来よりも少ない肥料で多くの作物を育てられるようになるだろう。

 しかも、この菌は農業に変化を起こし得る多くの微生物の一つでしかない。地中にいる数百万種もの微生物の中に、農業の改善に使える手つかずの道具が豊富にあるかもしれないのだ。現在、既にこれらの微生物は土壌を肥やし、植物の成長に役立っているが、科学者らはこうした微生物を利用するか、少なくともその技術を借りて、作物の生産高を増やそうと試みている。

◆失われた微生物を探せ

 今年に入り、フリーゼン氏と、彼女のラボの研究者ジェフ・ノーマン(Jeff Norman)氏は、セントラリアにある丘の中腹に活発な煙の噴出口を見つけた。熱のためにそこだけ雪が解けており、土に触れると熱い。吐き出される煙には検出可能な濃度の一酸化炭素が含まれていた。探していた種にとって絶好の生息条件だ。2人は土壌サンプルを集め、ビニール袋に入れて密封し、念願の菌が中にいることを願った。

 ある意味、姿を消した微生物を探そうとする彼らの試みは、古くからある微生物と植物の関係の改良版と言える。昔からインゲンマメ、ダイズ、アルファルファ(ムラサキウマゴヤシ)、ラッカセイ、ソラマメといったマメ科の植物は、根にすみついて窒素固定を行う菌と快適な共生関係を築いている。植物の根から出る分泌物は、窒素固定活動の妨げとなる酸素から菌を保護している。また、植物は窒素を受け取る代わりに菌に炭素を供給する。これが、農家が土を肥やすため伝統的にマメ科の植物を作る理由だ。一方、トウモロコシ、コムギ、コメといった、世界が食料として依存している多くの作物は、こうした有益な菌を根に住まわせて共生する能力が全くない。

 そこで注目されるのが、ストレプトマイセス・サーモオートトロフィカスだ。他の菌と違い、酸素がある状態でも窒素固定を行えるため、共生できる植物の種類は大幅に増える。窒素固定による共生関係を、トウモロコシ、コメ、コムギの他、世界の主要な穀類全てに広げられる可能性がある。

 ひっそりと生きる菌を燃え続ける地中から見つけ出すミッションは、最初のステップに過ぎない。次のステップは複雑な生物工学だ。菌が持つ、酸素のある条件でも窒素固定を可能にしている遺伝子を見つけて植物の中に組み込み、植物がこれを利用して同じ特性を作り出せるようにする。

 フリーゼン氏は、「誤解されると困るが、新しい酵素を見つければそれを植物にくっつけて、誰でもいきなりトウモロコシを肥料なしで作れるようになる、ということではない」と注意を促した。「成功までの道のりは、一般にイメージされるよりもずっと長いだろう」。

◆微生物はビジネスチャンス

 微小な生物たちは、既に大きなビジネスとなっている。新たな生物学的農薬の形態はさまざまだ。化学殺菌剤、除草剤、殺虫剤に相当する生物農薬として噴霧できるものもある。自然に存在する微生物に由来する噴霧剤や種子のコーティング剤は、養分の摂取を促し、成長を刺激する触媒として利用できる。

 近年、微生物を利用したPoncho/VOTiVOという種子コーティング剤をバイエルが買い取った。農薬メーカーのシンジェンタは、ダイズに付く線虫の駆除剤を開発した企業を買収した。寄生する線虫にとって有毒な菌で種子をコーティングしたものだ。トウモロコシの干ばつ耐性を高める菌を研究している企業もある。こうした研究の進歩は、遺伝子組み換えや伝統的な交配に代わるとまで期待されてはいないが、増え続ける世界人口を養うための追加的な手段とみなされている。

 かつて昆虫学者としてバイオ化学メーカーのモンサントで働き、現在はカリフォルニア州デービスにあるマローン・バイオ・イノベーションズのCEOを務めるパム・マローン(Pam Marrone)氏は、土壌微生物を利用して、幅広い昆虫やダニに効く新しい殺虫剤の開発に取り組んでいる。同氏は筆者に、「ようやく生物農薬が農業における次の大きなチャンスだと認識されるようになった」と話した。「私たちは今、まさに転換点に来ている」。

Photographs by Teake Zuidema and Hollandse Hoogte/Redux; (inset) Visuals Unlimited/Corbis

文=Peter Andrey Smith

  • このエントリーをはてなブックマークに追加