“原始の海”を守る、エンリック・サラ

2014.08.19
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海洋生態学者でナショナル ジオグラフィック協会付き探険家でもあるエンリック・サラ氏。絶滅危惧種のハタの一種(学名:Epinephelus marginatus)と共に。

Photograph by Josep Clotas / National Geographic
 ナショナル ジオグラフィックの「原始の海プロジェクト(Pristine Sea project)」を率いるエンリック・サラ(Enric Sala)氏は、近々ガラパゴス諸島に旅立つ予定だ。忙しい準備の合間を縫って、原始の自然が残された最後の海を守る活動の目的について質問に答えてくれた。 スペインの地中海沿岸で育ったサラ氏は、乱獲の被害の及ばない孤立した海洋環境を探す取り組みを続けている。ナショナル ジオグラフィック誌9月号では、南太平洋に浮かぶ絶海の島、キリバス領の南ライン諸島でのサラ氏の調査活動について取り上げている。

◆南ライン諸島での調査で最も印象に残っていることは何ですか?

 数えきれないほどたくさんあります。なかでも鮮明に心に焼き付いているのは、ミレニアム環礁(別名“カロリン島”)の礁湖で一面オオシャコガイに覆いつくされた海床の上を泳いだことと、75匹のオグロメジロザメと一緒にダイビングを楽しんだことでしょうか。 ◆原始の海プロジェクトで今後調査を予定している場所はどこでしょう?

 たくさんあります。次は、9月にパラオに行きます。レメンゲサウ大統領が広大な海洋保護区の設置を希望しているのです。10月には、フランス領ポリネシア南部の孤島ラパ島と、その近くのマロティリ島に行く予定です。マロティリ島は海上にいくつかの岩が突き出ているだけの小さな島です。

◆原始の海プロジェクトで、時間との競争だと感じることはありますか? つまり、漁船団や採掘会社の手が及ぶ前に、これらの未開の海を守らなければという思いはありますか? ミレニアム環礁で、複数のサメの口の中から釣り針が見つかったと聞いたのですが。

 完全な原始の状態を期待して絶海の地に行き、サメの口の中に釣り針があるのを見つける。これほど落胆することはありません。これらの場所を公表すべきではないとの意見もあります。みすみす被害を招いているようなものだというのです。ですが、私はそうは思いません。最後の原始の海がどこにあるのか私に見つけられるのなら、遠洋漁業の船団はすでにその場所を知っていると思っていいでしょう。

 それらの場所がこれまで手つかずのまま残ってきたのは、陸地から遠く離れているからです。しかし、もはや絶海の地など存在しません。つまり、答はイエス。私たちの取り組みは時間との競争だと言えます。あと5年で、このような場所を出来るだけ多く保護しようと努めているところです。

◆“原始”という言葉についてですが、一部の海域を“原始”と分類するのは危険ではないでしょうか? 世界を“保護”地域と“生産”地域に二分するという地上でのやり方の二の舞になるのでは? 人間は地球の一部分だけを保護し、それによって残りの場所の開発を正当化しています。これは長期的に見て持続可能な方法と言えるのでしょうか?

 これは学術的な議論です。現在、漁業から完全に保護されている海域は全体のわずか1%にすぎません。残りの99%では何らかの方法で漁が行われています。ほぼ全ての海が“生産”海域というわけです。このやり方は間違っており、多くの生物種が絶滅に向かい、生息環境は破壊されつつあります。

 これを変える必要があります。少なくとも20%の海を保護することが必要です。しかも、ただちに行わなければなりません。さらには、漁獲量を半分に減らし、海洋生物の絶滅を助長する政府の助成金を廃止する必要があります。

◆あなたの率いるグループは、各国政府と協力して、海洋保護区をはじめとする数々の保護活動を実現してきました。このような原始の海プロジェクトの成功事例を考えた場合、特に“変化をもたらすことができた”と実感できる海洋生物はありますか?

 数千種の生物に良い影響がもたらされており、そのうち、変化をもたらすことができたと実感できる生物は、数百とは言えないまでも数十は存在します。これらの広大な保護区のすばらしい点はそこにあるのです。しかし、あえて1つだけ選ぶとしたら、最も恩恵を受けているのは大型動物、つまりサメやその他の捕食動物でしょうか。海洋保護区で人が最初に出会うのがこれらの動物です。海にもぐり、サメを見ると、希望が湧いてきます。

◆海の代弁者になるまでの道筋を振り返って、憧れのヒーローはいましたか?

 私にとってのヒーローは、フランス人海洋学者のジャック・クストー(Jacques Cousteau)ただ1人。ずっと憧れていました。今でもときどき自問することがあります。「こんなとき、クストーならどうするだろう」と。

Photograph by Josep Clotas / National Geographic

文=Kennedy Warne

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