人はなぜ、月に顔を見るのか

2014.04.17
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A. 月のウサギ(東アジア)
B. 月の人(ヨーロッパ)
C. 手の形(インド)
D. 月の人(アメリカ)
E. 月の木(ハワイ)
F. 月の乙女(ニュージーランド)

PHOTOS: PAULO CASQUINHA (NORTHERN HEMISPHERE); JOHN SANFORD. SCIENCE SOURCE/PHOTO RESEARCHERS INC. ART: HANNAH TAK. NG STAFF
 人類が地球上に誕生して以来、月は地球に最も近い天体として、人間の想像力を写し出す豊かな自然のキャンバスとなってきた。 古代から現代に至るまで、世界中の様々な場所で人々は、月の輝く表面に木、女性、カエルなどの姿を見出してきた。西洋文化においておそらく最も広く言い伝えられているのは、「月の人」であろう。東アジアの文化ではウサギを、インドでは二つの手を月面に描いていた。

・日本人は、月でウサギが臼と杵で餅をつく姿を見る。中国と韓国でも月にウサギがいると伝承されており、不老不死の薬をこねているのだという。
・多くのヨーロッパの文化では、老人が木の枝を背中に背負っている姿を見ていた。キリスト教の伝承によると、老人は安息日の掟を破ったために永遠の刑罰を受けているのだという。
・インドでは両手の形を見ている。全ての生物の母であるアスタンギ・マタは、双子の我が子を空に送り、太陽と月にした。その際、悲しい別れのしるしにチャンダの頬に両手を当てた。
・北アメリカに住む多くの人は、月に人の顔が見えるという。太古の溶岩の流れが、目、鼻、口の模様を形作っている。
・ハワイのポリネシア人には、ヒナという名の女性が月に生えているベンガルボダイジュを使って神々のために服を作ったと言い伝えられている。
・ニュージーランドのマオリ族の伝承では、ロナという名の乙女が、月を侮辱した罪で、月に住んで永遠に罪を償わなければならなくなったという。

「月を見るとまず、明るい部分と暗い部分があるのが見て取れる。暗い部分でも、さらに濃淡の差がある」と説明するのは、サウスカロライナ州チャールストン・カレッジの惑星地質学者カサンドラ・ラニヨン(Cassandra Runyon)氏だ。「明るい部分には山があり、高地とも呼ばれるエリアだ。暗い部分は火山地帯で、ラテン語で海を意味する『the mare』と呼ばれている」。

 月面の模様や色に意味のある形を見つけるのは、ポテトチップスにエルビス・プレスリーの顔を見たり、グリル・チーズ・サンドイッチがキリストの顔に見えるのと同じ原理だ。人間の脳というのは、そのような働きをするようにできている。

 意味のないところに顔を見出そうとする現象は、パレイドリア効果(錯覚の一種)と呼ばれる情報挿入能力である。人間は誰でもこの能力を持っている。

◆意味を求めて

 シカゴにあるノースウェスタン大学の認知神経科学者ジョエル・ボス(Joel Voss)氏は、でたらめに並んだ形や線に意味を求めようとする脳の働きについて研究している。三角や丸などを使ってコンピューターが無作為に描いた意味のない図を被験者に見せ、何か意味のある形に似ているかを尋ねるという実験を行った。

 すると、「平均してほぼ半分の被験者が意味を見出した」という。

 ボス氏は、機能的磁気共鳴画像(fMRI)(血流の変化を記録して脳の活動を測る神経画像検査)を用いて、被験者が図を目にしたときに脳のどの分野が活動するのかを調べた。その結果、実際に意味のある絵を見て情報処理するときに活動する脳の分野と同じ部分が活動を示した。

◆脳の仕組みと言い伝え

 なぜ人間の脳はこのような働きをするのだろうか。天文学者のカール・セーガン(Carl Sagan)氏は著書「悪霊にさいなまれる世界」の中で参考になりそうな説明をしている。恐らく顔の認識能力は、それがたとえあいまいな形であったとしても、進化論的に見て生存に有利な能力だったのではないかというのだ。「100万年前、顔を認識する能力がなかった乳児は、あまり微笑み返すことができず、両親の心をつかむこともできず、その結果うまく生存することができなかったのではないだろうか」と、セーガン氏は考えている。

 ボス氏は、それとは異なった説明を加えている。人間の脳が、柔軟性があって、いかなる環境の中にあっても成功する多目的機械だと考えてみよう。見知らぬ土地で成功するには、見たことのない新しい形や線などの視覚刺激要因をすぐに処理する能力を脳は持っていなければならず、何に注意を向けるべきかをとっさに判断しなければならない。脳には、新しい刺激要因を既存の情報に合致させるという癖があり、何かの模様に人の顔や意味のある形を見出すというのは、ただ単にそんな脳の癖の付随的行為なのである。

「この世界は非常に組織立って目的を持った環境であると考えられがちだが、実は無意味な線や形、色の寄せ集めにすぎないのである。なぜそんなに簡単に、無意味な形に意味を見出してしまうのかというと、これら無意味な形が、意味のある物と多くの点で共通しているためだ」と、ボス氏は語る。

 科学の見地から、月の模様を何かに見立てるという行為は脳の仕組みによって説明できるかもしれないが、太古の昔から人類が月面に思い描いてきたものは、文化、天地創造にまつわる言い伝え、そして信仰の継承といった、はるかに大きな意味を持つものでもあるのだ。

PHOTOS: PAULO CASQUINHA (NORTHERN HEMISPHERE); JOHN SANFORD. SCIENCE SOURCE/PHOTO RESEARCHERS INC. ART: HANNAH TAK. NG STAFF

文=Nadia Drake

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