鳥インフル、研究結果公表の是非で議論

2014.04.14
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2014年1月、中国・安徽省でニワトリに餌をやる養鶏家。中国では今年、鳥インフルエンザの感染例が相次いでいる。

PHOTOGRAPH BY AP
 鳥インフルエンザウイルスに関する研究結果公表の是非が議論となるなか、研究者は「なぜこの研究が生物兵器とまで考えられるのか分からない」と話している。科学研究が利益よりもむしろ害となるのはどんなときなのか。この問いが、鳥インフルエンザに関する論文公表の是非をめぐる論争の核心にある。 オランダ、エラスムス医療センターのウイルス学者ロン・フーシェ(Ron Fouchier)氏のチームは、新たな研究でH5N1鳥インフルエンザウイルス株が哺乳類間で空気感染するようになる能力を探っている。研究チームは4月10日に米科学誌「Cell」に掲載された今回の成果について、鳥インフルエンザウイルスの広まり方について重要な知見を提供するものであり、ひいては可能性が懸念されるパンデミック(世界的な感染拡大)の予防にも役 立つと述べている。

 しかし、この研究は以前から物議を醸している。カリフォルニア州、スタンフォード大学の医学・微生物学・免疫学教授デイビッド・レルマン(David Relman)氏は、生物兵器の作製にも知見を提供する可能性があると指摘。同氏はこの研究が「無責任」で、提示されるものより「危険が大きく、利益は小さい」ものであり、「逆遺伝学(リバースジェネティクス)に通じた」何者かが、このウイルスの致死性を大きく高めたものを作れるよう になるかもしれないと危惧している。

 この種の研究にはウイルスが広くばらまかれるという強い懸念がつきまとうため、国によっては、政府が国家安全上の理由で論文公表前に国外発表許可を要求することがある。論文が兵器の設計図として「悪用」される可能性があるためだ。

 今のところ、H5N1ウイルスは空気を通じた感染が可能だとは示されていない。しかし今回の論文は、ウイルスが突然変異によってどのように空気感染力を得るのかが記載されている。フーシェ氏はナショナルジオグラフィックの取材に応じ、論争を呼んでいる自身の研究と、インフルエンザ、また結果として必ず起こるとされるパンデミックの理解がなぜ重要かを語った。

◆今回の論文の新規性について説明してください。

 2012年発表の論文では、我々はH5N1ウイルスが哺乳類間、具体的にはフェレット同士で空気感染力を得られると初めて示しました。加えて、遺伝子操作をしてフェレットに適応させたウイルスのうち、一部は最少で9つのアミノ酸置換で空気感染力を得たことも明らかにしました。

 その時の論文では、これらの変異のうちどれが空気感染という表現型の鍵になっていたのかは具体的に示しませんでした。ですから今回の原稿では、2012年の論文で説明したウイルスから着手しましたが、現在では最小の変異を持つウイルスに対象を絞っています。

 我々は、ウイルスが空気感染力を得るにはわずか5つの変異で十分だと突き止めました。5つの変異それぞれについて、どのような生物学的特性が変異と関連するのかを詳しく調べ、その結果、空気感染に必要なのは「哺乳類の上気道細胞へのウイルス結合を強める変異」「ウイルスの安定性を強める変異」「細胞中でのウイルスの複製、すなわちコピー力を強める変異」だと示しました。

 つまり、今回と前回の論文の大きな違いは、ウイルスが空気感染力を得るのに必要な分子基盤を確実に絞り込んだということです。

◆このようなことを詳細に記すのは、実質的には生物兵器の作り方を詳細に記しているのと同じではないかという懸念があります。正確には、この研究の危険性はどの程度なのですか?

 この分野の人々の懸念は2つあります。1つは、このようなウイルスが研究施設の外に偶然出てしまう事故を心配するもので、もう1つは、悪意ある人々がこうしたウイルスを再現し、兵器として使おうと試みるのではないかというものです。

 後者について言えば、これらのウイルスはそれほど致死的ではありません。哺乳類で感染実験を行っても、実験動物は死なないのです。その意味では殺人兵器でないことは確かです。また、兵器として使うこともできません。味方の集団を守りながら、敵の集団だけを標的にはできないからです。したがって、兵器としてはほとんど意味がありません。

 研究施設からの病原体の漏出については、1970年代以降、バイオセーフティーに関する非常に大きな改善がなされています。あれこれの病原体が施設外へ出たという噂は聞いていますが、実際の事故件数は非常に小さいのです。もちろん、シンガポールの研究施設で研究員がSARSに感染したといった例はありますが、それは施設の運営が適切ではなかったからです。事故が毎年起こっているのは事実ですが、それによって病原体が外界に出ると いう結果には至っていません。

◆インフルエンザや、危惧されるパンデミック対策を取るにあたり、これらの研究はどのような利益をもたらすのでしょうか?

 これは病原体についての非常に基礎的な研究です。病原体の中には、接触や、今回の件であればエアロゾル(浮遊する粒子状物質)、呼吸の際の飛沫による感染力を獲得するものがあります。総じて感染症領域では、病原体が何によって空気感染力を得るのか全く突き止められていないのです。これを正しく理解するのは、感染症界での研究において重要な問題だと考えます。我々は、なぜウイルスが人を死なせたり疾患を起こしたりするのか知りたいと思っていますが、どのように感染するかも理解する必要があります。

 これは基礎研究ですから、何に応用されるか完全には予想できません。しかし我々は、このウイルスがどう作用するのか調べる必要がありますし、対処方法も特定せねばならないでしょう。H5N1をモデルウイルスとして使ったのは、これが空気感染力を自然に獲得するのではないかと恐れられているからです。したがって、我々の研究は基礎的な疑問に取り組む一方で、この特定のウイルスが自然界でどう変化するのかについてもっと理解しよ うとしているのですから、一石二鳥だといえます。我々が述べた変異のいくつかは、ニワトリやヒトの領域で既に見つかっています。

PHOTOGRAPH BY AP

文=Rachel Hartigan Shea

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