多様な海洋生物を育むクジラの死骸

2013.03.21
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骨食海洋虫など、海洋生物の“ごちそう”となるクジラの脊椎骨。枠内は骨食海洋虫の一種。

Photographs courtesy NERC ChEsSo Consortium; (inset) Natural History Museum
 クジラの死骸は住み心地が良いらしい。その命を全うして巨大な体を海の底に横たえるとき、深海の個性的な生物たちにとっては、脂肪や骨など、大量の“ごちそう”が手に入るチャンスとなる。1頭でみんなが数十年は暮らしていけるという。 2010年、イギリス領サウス・サンドウィッチ諸島沖合の海底で発見されたクジラの死骸は、南極大陸の近海で見つかった初のケースとなった。海洋調査船ジェームズクック号に乗り込んだ研究チームは、遠隔操作無人探査機(ROV)で海底調査を行っていた。現在は周囲の深海生物の分析を進めている。

 研究チームの一員で、イギリスにあるロンドン自然史博物館の海洋生物学者ディーバ・アモン(Diva Amon)氏は、「海底のクジラの死骸には多様な海洋生物が集まり、「鯨骨生物群集」という生態系が作り出される。今回のクロミンククジラ(学名:Balaenoptera bonaerensis)の死骸では、少なくとも9つの新種が発見された」と話す。

 海底に沈んだクジラには、特殊な死後の世界が待ち受けている。まず、サメやカニなど、死肉をエサとする動物たちが群がり、脂肪や筋肉といった軟らかい部分をほとんど食べ尽くす。

 すると局面が変わり、骨食海洋虫や貝類など、「栄養便乗者(enrichment opportunist)」のグループが死骸の内部や周囲に住み着き出し、骨から栄養分を抽出するようになる。

 このグループの段階は短く、取得可能な栄養分が無くなると、次の住人に部屋を明け渡す。今度は、細菌が骨の表面を埋め尽くし、細菌の“牧草”が広がると、それをエサに巻貝が集まるようになる。最初の2段階は比較的早く過ぎ去り、数年程度で終わるが、最後の段階は数十年単位で展開する。

◆珍しい発見

 1987年に初めて発見されて以来、天然の鯨骨生物群集は6例に留まっている。人工的にクジラの死骸を海底に沈める実験も行われており、死骸に住み着くコミュニティーを解明しようと専門家は懸命に取り組んでいる。

 鯨骨生物群集の生物種は極めて個性的で、海底で希少な栄養源を見つけ、ほとんど移動しないで生きる閉鎖系の生態系を構成する。今回のクロミンククジラの場合も、カサガイ類や骨食海洋虫、ワラジムシなどの新種が見つかっている。

「発見時の死骸は完全に骨になっていた。海底に沈んだのは数年前らしい」。

◆死骸から死骸へ

 深海底は変化に乏しい世界だが、クジラの死骸の周囲や内部には、サンゴ、イソギンチャク、イカ、巻貝、ワラジムシなど、多様な生命があふれていた。オセダックス(Osedax)属の新種骨食海洋虫の場合は、内臓に住む共生細菌の助けを借りてクジラの骨に入り込んでいく。

 そもそも、オセダックス属が最初に発見された場所もクジラの死骸だった。ただし、このような奇妙なライフスタイルを進化させた理由は、いまだ判然としない。

 特に注目されているのは、フネカサガイ類(学名:Lepetodrilus)の新種だ。フネカサガイ類は通常、深海の熱水噴出孔やメタン噴出孔に生息している。さまざまな化学物質が噴出する場所で、その独特の生態系は深海のオアシスと呼ぶに相応しい。

「見つかった新種は、250メートル先の熱水噴出孔のフネカサガイと同種の可能性がある」とアモン氏は話す。

「もしかするとフネカサガイは、熱水噴出孔の間の“飛び石”としてクジラの死骸を利用しているのかもしれない。短命な生態系であるクジラの死骸で生存可能な進化を遂げ、“ジャンプ”して他の海域に拡散するという戦略だ」。

 今回の研究結果は、「Deep Sea Research Part II」誌オンライン版に1月29日付けで掲載されている。

Photographs courtesy NERC ChEsSo Consortium; (inset) Natural History Museum

文=Brian Switek

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