海の生物は痛みを感じるか? 議論再燃

2013.01.13
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アメリカンシーフードの代表格、ロブスター。重さ1ポンド(約450グラム)前後だとチキンロブスターと呼ばれる。

Photograph by James A. Sugar, National Geographic
 ロブスターを調理するシェフたちは、どうすれば苦痛を与えずに済むか考えるという。はたして海洋生物は痛みを感じるのだろうか。 先月イギリスの科学誌に発表された「カニは痛みを感じる」とする研究がきっかけとなって、専門家の間で長年議論されているテーマで論争が再燃している。

◆痛みとは何か?

 甲殻類や魚類も、程度の差はあれ自ら意志を持っている生物だ。害を及ぼす刺激を識別し、それから逃れようとする行動は理にかなっている。

 ただし、痛みについて分析する場合、「避けるべき刺激(侵害刺激)を検知すること(侵害受容)」と「苦痛を感じること」を区別しなくてはならない。

 有害な刺激を知覚し、それに「反射」で応じる能力を侵害受容と言う。ひざ下を軽くたたくと足が前に跳ね上がるのと同じように、無意識のまま、特定の条件下で発生する。一方、苦痛とは、有害性を認識する感覚に基づく。

 アメリカ、ペンシルバニア州立大学の水産生物学者ビクトリア・ブレイスウェイト(Victoria Braithwaite)氏は、「動物の苦痛をどのように定義するかという点が大きな問題となる」と話す。

◆カニは痛みを感じる?

 カニを対象にこの難題に挑んだのが、イギリスにあるクイーンズ大学ベルファスト校の生物学者ロバート・エルウッド(Robert Elwood)氏の研究チームだ。

 研究チームは、イングランドの海岸でヨーロッパミドリガニ(学名:Carcinus maenas)を90匹集め、電気ショック装置につないだ電極コードを左右の第5歩脚(一番下)に取り付けた。

 そして、2つの住処を用意し、一方はそのまま入れるが、もう一方は入ろうとすると電気ショックを与えるという実験を行った。

 カニは、電極の付いた足をもぎ取ったり、電気ショックを受ける方の住処を避けたりするようになった。エルウッド氏は、「この種の学習は、苦痛体験の基準として重要だ」と話す。「今回の実験結果から、甲殻類には苦痛を感じる能力があると考えられる」。

 ただし、批判の声もすぐに上がっている。アメリカ、テキサス大学パンアメリカン校のゼン・フォークス(Zen Faulkes)氏は、「今回の研究には不備がある」と話す。

「学習の短期効果と長期効果など、いくつか問題があるが、もっとも重要なのは電気ショックを用いている点だ。ミドリガニの日常生活には、電気ショックは存在しない。実験で見られたカニの行動は、なじみのない刺激だったためで、苦痛を感じたからではないだろう」。

 また、仮にミドリガニが本当に苦痛を感じていたとしても、すべての甲殻類が同様と結論付けることはできない。「過度な一般化は慎むべきだ」とフォークス氏は話す。

◆魚は痛みを感じる?

 魚類に関しても論争が続いている。

 前述のブレイスウェイト氏は2010年、侵害受容と苦痛の区別に拘泥せず、「魚類には知覚があるのだから、苦痛を感じると言えるはずだ」と論じた。

「魚には必要最低限の基本的な脊椎動物の脳しかないため、感じる苦痛も、人間に比べればごく単純な感覚となるだろう。しかしそれでも、苦痛の一種であることには変わりがない」。

 これに対し、カナダにあるカールトン大学のスティーブ・クック(Steve Cooke)氏は、「魚と人間では、痛みのメカニズムが異なる」と反論する。

 人間が痛みを感じることができるのは、「侵害受容器」という感覚ニューロンのおかげだが、特に、強く苦しい痛みを感じる役割は「C線維」という神経線維の侵害受容器が担う。しかし、魚類の場合、C線維の侵害受容器は少なく、Aデルタ線維の侵害受容器を豊富に備えている。

「Aデルタ線維が伝えるのは素早く感じられる痛みで、それほど強力なものではない」とクック氏は話す。「つまり、魚が日常的に知覚しているのは、たいていの場合、素早く針を刺したときのような感覚だけだ。それで刺激を避けるからといって、苦痛を感じていることにはならない」。

 同氏は次のように続ける。「魚類であろうと無脊椎動物であろうと、体に害が及ぶ刺激を学習し、それに反応する能力があることは否定しない。しかし、“痛み”という表現で説明するのは適切ではない」。

 前述のエルウッド氏は、「動物たちの感情を知ることはできないため、行動から推測する以外に方法はない。いずれにせよ、100%断言できるわけではない」と話す。

 海洋生物の痛みは、ウナギのようにつかみどころがないようだ。

Photograph by James A. Sugar, National Geographic

文=Brian Switek

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