洗礼者ヨハネの遺骨発見?

2012.06.20
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洗礼者ヨハネのものとされる遺骨を納めた箱。ブルガリアのソフィアにある大聖堂で公開された。枠内は15世紀に描かれた洗礼者ヨハネ像。

Photograph by Valentina Petrova, AP; Photograph (inset) from Photoservice Electa/Getty Images
 洗礼者ヨハネは、「キリストの先駆者」とされ、イエスに洗礼を施した人物だ。そのヨハネの遺骨であると伝えられる骨が、紀元1世紀のものであることが確認された。したがって、これをヨハネの遺骨と考えてもおかしくないという。 この遺骨は2010年にブルガリアの教会の遺跡から発掘された。右手の指関節、歯、頭蓋骨の一部、肋骨、前腕の尺骨の6個の人間の骨があった。

 指関節の骨に含まれていたコラーゲンのDNA鑑定と放射性炭素測定から、紀元1世紀に中東で生きていた人の骨である可能性が高いことがわかった。この条件は洗礼者ヨハネに当てはまる。

 聖書によればヨハネはイエスの親戚であるため、この発見によりキリスト教の救世主本人の縁者のDNAが確認されたことになるのかもしれない。もっとも、それを証明するのはおそらく不可能だが。

 研究チームのメンバーでイギリスのオックスフォード大学の考古学者トーマス・ハイアム(Thomas Higham)氏は、「問題は基準がないことだ。(洗礼者ヨハネであれイエスであれ)確実に当人のものと言える骨がないのだから」と話す。

 つまり、現在の研究では、この骨が洗礼者ヨハネのものであると確認することはできないのだ。ただし、逆に言うと、違うと証明することもできない。

「1世紀の遺骨が遠くブルガリアのこの教会にたどりつき、考古学者に発掘されるまでここにありつづけたと考えるのは、かなりの想像が含まれる。現実ではもっと奇妙なことも起こってはいるが」とハイアム氏は言う。

◆予想以上に古かった骨

 聖書学者にとって、洗礼者ヨハネの遺骨の運命は推測の域を出ない。だが、3世紀から4世紀にかけて、ヨハネの遺骨が聖遺物として各地の教会に納められ、巡礼者を集めているという記録が現れ始めるのは事実だ。聖書中の人物の遺骨とされるものがこのような扱いを受けるのは珍しいことではない。

「この(ブルガリアの)教会の創建は5世紀に遡ると考えられる。したがって、この遺骨は少なくともそれ以前のものということになる。われわれは、この骨も4世紀か5世紀のものだろうと想像していた。ところがそれよりもずっと古いことがわかって驚いた」とハイアム氏は話す。

◆主教の呪い、ウシの骨

 遺骨はブルガリアの黒海沿岸に浮かぶスベティ・イバン(ブルガリア語で「聖ヨハネ」)島の発掘で見つかった。遺骨は小さな大理石の石棺に納められ、教会の祭壇の下に埋められていた。

 残念なことに、遺骨に注目が集まりすぎて、肋骨が盗まれてしまった。ハイアム氏によると、地元の教会の主教が次のような布告を発したという。「これを盗んだ者ばかりでなく、その家族、これについて知っている者、さらにはそれが持ち込まれた村にも、神から地獄と呪いが降り注ぐであろう」。

 奇妙なことに、石棺の中には羊、牛、馬の骨も混じっていた。鑑定によると、これらは人間の遺骨よりも400年ほど古いものだという。「動物の骨の方が大きい。骨が非常に少なく見えるため、かさを増すために入れたのかもしれない」とハイアム氏は説明する。

◆誰の骨かの特定は昔も難しかった

 イギリスのダラム大学の考古学者アンドリュー・ミラード(Andrew Millard)氏は、確かに今回の研究でこの骨が洗礼者ヨハネの時代にその地域で生きた人のものだということは示唆されるが、これが確実に聖書中の人物のものだと断言することはできないだろうと指摘する。ミラード氏は今回の研究に参加していない。

「本当の問題は、4世紀の時点で洗礼者ヨハネの遺骨をどの程度確実に確認できたかということだ。違う人の墓を掘り返してしまったかもしれない」。

Photograph by Valentina Petrova, AP; Photograph (inset) from Photoservice Electa/Getty Images

文=Ker Than

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