そればかりでなく、翌朝目覚めた被験者は、同じ写真にそれほど心を乱されなくなったと報告した。つまり、レム睡眠が人生の困難なできごとに対処する助けになるかもしれないと、実験を行った研究者らは話している。
研究を率いたカリフォルニア大学バークレー校の神経科学者マシュー・ウォーカー氏は、人間が眠る理由はいまだ謎に包まれているし、眠りと心の健康との関係に至っては手がかりさえつかめていないと話す。
眠りに心を癒す効果があることを示す証拠は、以前から事例報告としてはあったとウォーカー氏は言う。実際、ひと晩寝れば気分が直るとは昔から言い慣わされてきた。
また、臨床的なデータから、気分障害(うつ病など)や不安障害(PTSDなど)で睡眠に異常が生じることがあるのは明らかだ。
そして今回、ウォーカー氏のチームによる新たな研究が示唆するのは、「あらゆる傷を癒すのは時間ではなく、レム睡眠である」ということだ。
◆眠れば気持ちが楽になる
ウォーカー氏の研究チームは、34人の健康な若いボランティアを募り、実験を行った。被験者を2つのグループに分け、両方のグループに150枚の写真を見せながら脳の活動をMRIでスキャンし、反応を評価した。写真は12時間の間隔を置いて2度見せた。
この写真は多くの研究で利用されているもので、キッチンカウンターの上のやかんといった無害なイメージのものから、事故で大怪我を負った人のむごたらしい写真まで、さまざまなものが含まれるとウォーカー氏は説明する。
片方のグループでは、午前中に写真を見て、昼間は眠らずに、夜にもう一度見てもらった。もう片方のグループも同じ写真を見るが、最初に見てから一晩眠り、翌朝になってからもう一度見てもらった。
その結果、間に睡眠をとっている被験者のほうが、2度目に写真を見たときの感情の反応がかなり軽いと報告した。
レム睡眠中にMRIで脳をスキャンしたところ、扁桃体という感情を司る部分の活動が低下していることがわかった。扁桃体の活動低下により、合理的な判断をする前頭前皮質が写真の影響を和らげることができたと考えられる。
しかも脳波計で被験者の脳の電気的活動を記録してみると、睡眠中にストレスに関連する脳内化学物質のレベルが低下していることもわかった。
ウォーカー氏によると、人は感情的に興奮するできごとを経験すると、体内にストレス物質が放出され、その化学物質のおかげでできごとに注意が向き、優先的に対処できるのだという。基本的には、その物質に促されて眠っている間に脳が問題のできごとを処理するのだ。
「最初のできごとから後でそれを思い出すまでのどこかの時点で、脳が巧みに感情と記憶を切り離す。おかけでそのできごとの記憶は、もう心をかき乱さなくなる」とウォーカー氏は話す。「それが『夜間セラピー』ということの意味だ」。
◆夢が必ず心を癒すわけではない
しかし、睡眠の専門家デイビッド・クールマン(David Kuhlmann)氏は、「この結論はやや踏み込みすぎではないか」と指摘する。
ミズーリ州シデーリアのボスウェル地域保健センターで睡眠医療責任者を務めるクールマン氏は、たとえば夢を見ることですべての感情的ストレスが癒されるわけではないと言う。
たしかに夢を見ることで「ストレスに満ちた状況に対処する能力は向上する」けれども、レム睡眠で悪い記憶がすっかり消え去るということはありそうにないとクールマン氏は話す。
それでも「この限られた数の被験者で人工的な環境で調査したものとしては、たしかに興味深い結果だ」。
ウォーカー氏もクールマン氏も、これまでの研究で睡眠に多くの健康上の利点があることがわかっているにもかかわらず、医療専門家の間ではなかなか睡眠に目が向けられないと口をそろえる。
この研究は「睡眠とは脳が休んで何もしない状態ではないということをあらためて指摘」し、睡眠に多くの重要な働きがあることを明らかにするものだが、「その1つが、心の健康を維持しやすくするという働きなのだ」とウォーカー氏は話している。
感情とレム睡眠に関する研究は、「Current Biology」誌のWebサイトに11月23日付けで掲載された。
Photograph by Randy Olson, National Geographic