伝説の黒ひげ海賊船、当局が本物と認定

2011.08.30
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海賊黒ひげの旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ」号から見つかった鋳鉄(ちゅうてつ)製の大砲。(Photograph by Robert R. Clark, National Geographic)

 1995年にアメリカ、ノースカロライナ州沖で見つかった沈没船が、18世紀の悪名高き海賊「黒ひげ」の旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ」(アン女王の復讐)号と公式に認定された。 クイーン・アンズ・リベンジは1718年、同州の港町ビューフォートに近い砂州で座礁し、黒ひげ一行は船を放棄したことで知られている。

 ノースカロライナ州文化財課は最近まで、沈没船がクイーン・アンズ・リベンジ号であるという断定を避けてきた。しかし今回、包括的な調査によって、歴史上最も恐ろしく、最も個性的な海賊の船であると発表された。

「決定的な証拠が出てきたわけではない。いくつもの要素を積み重ねていった結果、この結論にたどり着いた」と、ノースカロライナ海事博物館の広報担当者クレア・オーベル氏は話す。

 同氏によると、船の規模と瓦礫の中から見つかった数々の武器が大きな決め手になったという。「当時この一帯で同クラスの船は存在しない。重装備も海賊船なら筋が通る」

黒ひげを裏付ける数々の略奪品

 黒ひげは海賊への転身からわずか数年で名をはせた。カリブ海や植民地時代のアメリカの沖合を荒らしまくり、最後は1718年にノースカロライナ州のパムリコ湾でイギリス海軍との戦いに敗れ死亡した。

 黒ひげがわざと船を座礁させ、高価な略奪品を奪われないようにしたという説もある。 略奪品の存在は、1997年に発掘調査が開始されて以降、沈没船と黒ひげを結びつける手掛かりとなった。次のような品物が発見されている。

- 18世紀のフランス王家の紋章「フルール・ド・リス」が装飾された調剤用の分銅。クイーン・アンズ・リベンジ号の前身はフランスの奴隷船「ラ・コンコルド」号で、1717年に黒ひげが奪取した。海賊の仲間入りを余儀なくされた船医がこの分銅を所有していた可能性が高い。

- 鉛の散弾と共に見つかったわずかな量の金粒。黒ひげの手下に見つからないよう、ラ・コンコルド号の乗組員が弾丸を入れた樽(たる)に隠していたとみられる。

- 1705年と刻印された鐘。

黒ひげ海賊船との確信は以前から

「黒ひげの船に違いないと、調査に携わっていた考古学者たちは以前から確信を抱いていた。しかし立証には科学的な精査が必要になる」と、バージニア州コロニアル・ウィリアムズバーグ財団で美術・貨幣学を担当する学芸員エリック・ゴールドスタイン氏は語る。

「州当局も非常に慎重だった。発掘調査の初期に首領の名前が刻印された鐘のような決定的証拠が見つからなかった以上、断片的な証拠をつなぎ合わせて立証するには時間がかかる。当局は責任を持って取り組んだと思う」。

 ビューフォートにあるノースカロライナ海事博物館の海事考古学者デイビッド・ムーア氏は、州当局が公式認定した理由は2つあるという。

 まず、沈没船から回収した品物を大規模展示する企画、『黒ひげのクイーン・アンズ・リベンジ号』が州立の同博物館で開催されている。これ以上認定を遅らせたら、タイトルを『クイーン・アンズ・リベンジ号とされる沈没船の引き揚げ品』と変更しなくてはならない。

 もう1つは、「公式認定により、博物館は民間資金を確保しやすくなり、発掘調査を継続できる」とムーア氏は指摘する。州議会はある程度の資金を提供しているが、厳しい予算繰りから削減傾向にあるという。

文=Willie Drye in Plymouth, North Carolina

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