アララト山でノアの箱舟を発見?

2010.12.09
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アルメニアから見えるトルコのアララト山。この山頂付近でノアの箱舟を発見したと探検隊は主張している。

Photograph by Martin Gray, National Geographic
 キリスト教福音派の探検隊が、トルコのアララト山の積雪と噴火堆積物の下からノアの箱舟の残骸を見つけたと発表した。ただし、箱舟は過去にも何度かその残骸や痕跡が発見されたとの報告があり、今回もその類であるとして多くの考古学者や歴史学者は真剣に取り合っていない。「箱舟を探しに行った探検隊が手ぶらで帰ってきたという話は一度も聞いたことがない」と、アメリカ、ニューヨーク州のストーニーブルック大学で中東を専門に研究する考古学者ポール・ジマンスキ(Paul Zimansky)氏は言う。

 トルコと中国の共同探検隊「Noah's Ark Ministries International」は4月26日、拠点とする香港で今回の発見を発表した。「100%とは断言できないが、99.9%の確率で箱舟だと確信している」と、探検隊に同行した映像作家の楊永祥(Yeung Wing-cheung)氏は英国紙「Daily Mail」に話している。

 探検隊の話によると、2007年から2008年にかけてアララト山の山頂付近(標高およそ4000メートル地点)で巨大な木造の部屋7室が見つかり、2009年10月に撮影スタッフを連れて映像に収めたという。

 ノアの箱舟がたどり着いた最終地点がトルコのアララト山だと信じているキリスト教徒は多い。箱舟とは旧約聖書に記されている話の1つ。神が起こした大洪水で人間をはじめすべての生き物が死に絶えてしまうが、ノアとその一族、地上のあらゆる動物種の1対のつがいだけはノアが造ったこの箱舟に乗って助かる。

 探検隊の一員であるマンファイ・ユエン(Man-fai Yuen)氏は声明で、「見つかった木造の構造体はいくつかの部屋に分かれており、歴史的な記録と構造が一致していた」と述べている。発見場所から持ち帰った木片の年代を放射性炭素年代測定法で推定したところ、約4800年前と判明した。聖書に記されたノアの洪水が起きた時期とほぼ一致する。なお、発見場所は公表されていない。

 聖書を文字通りに解釈する学者の中にも、今回の新発見に対し懐疑的な人物がいる。創造説の枠組で生物学を追及するテネシー州ブライアン大学生命起源研究センター(Center for Origins Research)で所長を務める生物学者トッド・ウッド氏だ。

 神が約6000年前に何もないところから地球を創造し、さまざまな生命を生み出したという創造説の支持者である同氏は次のように話す。「創世記を受け入れるのならば、放射性炭素年代測定法自体を解釈し直さないと。この方法では天地創造の6000年前より古い年代が算出されることも多いからだ」。

 放射性炭素年代測定では、放射性同位体である炭素14を測定して有機体の年代を推定する。炭素14は時間経過と共に一定の割合で崩壊するため、年代特定の指標となる。この方法で測定できるのは通常、約6万年前まで、地球の誕生は約46億年前と考えるのが一般的だ。

「放射性炭素年代測定法を全面的に見直し、最大6000年前の枠内に限定する必要がある。より古い結果が出ないようにするのだ。また、本当に約4800年前の木片であるならば、“見直す前の”測定法では数万年前という結果が出ていなければおかしい。この木片が箱舟の残骸である可能性についてはかなり懐疑的だ。木片の年代があまりにも最近すぎる」。

 ウッド氏は箱舟が見つかることはないだろうと考えている。「洪水の後、最初の材木として使われたからだ。箱舟を降りると、そこには1本の木も生えていないとしたら、家は何で建てたらいいのか。目の前に木造の巨大な舟がある。となれば、それを使おうとするはずだ。箱舟は基本的に建築資材としてばらばらにされ、再利用されてしまったと考えられる」。

 今回の発見に学者らが懐疑的になる理由はもう1つある。旧約聖書の第1巻にあたる創世記では、ノアの箱舟がトルコのどの山頂に漂着したか一切書かれていないのである。

「今回の発見は発想自体がおかしい。旧約聖書では箱舟はトルコ東部に栄えたウラルトゥ王国のどこかにたどり着いたとされている。だが、アララト山とウラルトゥを関連づけたのは後知恵にすぎない」と、米テネシー州のヴァンダービルト大学の教授でユダヤと聖書を研究するジャック・サスーン氏は言う。

 前出のジマンスキ氏もこの意見に賛成だ。「紀元前10世紀まで、アララト山と箱舟は何も関係がなかった」と指摘する。また、約4000年前にトルコで大洪水が起きたという地質学的証拠もないと付け加えている。「探検隊は私たちとはまったく別の次元で調査している。考古学、歴史学、地質学に基づく記録にはまったく関心が払われていない」。

 探検隊がアララト山で本当に木造構造物かボートを発見していたとしても、その正体については説明できるという。「例えば、初期のキリスト教徒が、箱舟が漂着した場所として記念に建造した祭壇の可能性もある」とジマンスキ氏は推測する。「だがこの推測でも4000年前には該当しない。その頃は聖書もまだ書かれていなかったのだから」。

 聖書を研究するサスーン氏は、箱舟の話は歴史的な事実が語られたというよりは寓話的な意図で書かれたものだとみている。「人間が邪悪さのために罰せられるというシナリオを描くことで、人々が好ましい状態でいることが神の意思であると意識付けしようとしていた」。

 探検隊のWebサイトによると、トルコ政府は箱舟の発見場所を世界遺産に指定するよう国連のユネスコに申請する予定だという。世界遺産は、文化や自然の面で特別な意義を持つ場所に与えられる称号である。だが、「トルコ政府からの公式な依頼はない」と、ユネスコの広報担当ロニ・アメラン(Roni Amelan)氏は電子メールでの取材に対してコメントしている。「登録に至るまでは長い年月が必要だ。右から左というわけにはいかない」。

Photograph by Martin Gray, National Geographic

文=Ker Than

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