第5回 ヒトラーが最後の日々を過ごした地下壕 ドイツ・ベルリン

 第2次世界大戦末期、アドルフ・ヒトラーが身を潜ませていた総統地下壕(フューラーブンカー)は、自らが支配する「千年王国」の司令部となるはずだった建物の真下に造られた地下壕だ。ヒトラーはここで最期を迎える。戦後、地下壕はベルリンの下で朽ち、民衆の目に触れないよう封印され、人々の記憶から薄れていった。

地下壕への入り口が写っている、当時の写真。
(c) Deutsches Bundesarchiv

■ヒトラーの地下の王国

 総統地下壕はビルヘルム通り77番地の旧総統官邸の地下にあり、出入り口は総統官邸の庭に設けられた。地下施設の建設は、1936年からと1943年からの2回に分けて行われた。もともとは空襲を避けるための防空壕だったが、戦況が不利になるにつれ、地上の官邸に替えて司令室として使うようになった。

 地下壕の施設は上下2階に分かれ、階段でつながっている。各階に鉄のドアと隔壁があって、必要に応じて往来を遮断できるようになっていた。ヒトラーはおもに地下約15メートルの下の階にいたという。

 地下壕の上部は強化コンクリートでおおわれており、中央の通路に沿って18ほどの部屋に仕切られていた。ヒトラーとその愛人のエバ・ブラウンは官邸から家具を持ち込み、6部屋を使ってともに暮らしていた。地図室、談話室、複数の警備室のほか、ヒトラーの私設秘書ボルマン、広報大臣ゲッベルスの一家や選ばれたヒトラーの取り巻きの部屋もあった。

 1945年4月半ばにベルリンの戦いが始まったときには、ヒトラーはすでに地下壕に移動していた。過度の猜疑心から精神を病み、妄想を抱くようになっていたヒトラーは、非現実的な勝利への望みにしがみついていた。

 ヒトラーが最後に地上に姿を見せたのは4月20日、ヒトラーユーゲントに鉄十字勲章を授けるためだった。その9日後、地図室でエバ・ブラウンと結婚し、遺言を書き取らせた。翌日、新婚の夫妻は地下壕内で自殺し、非常口の一つの前にあった砲弾の炸裂孔の中で火葬された。その翌日には、ゲッベルスと妻のマグダが子どもたちを道連れにして自殺した。

 5月2日、ソ連軍は十数体の遺体が横たわった地下壕を発見した。

■隠蔽された遺構

 その後、地上にある官邸の建物は完全に破壊されたが、総統地下壕は多少水がたまっただけで大きな破壊からは免れた。戦後のドイツ政府は、総統地下壕がネオナチの聖地となることがないよう、常に注意を怠らずにいる。

 まずは1947年、ソ連が地下壕を完全に爆破しようとしたが、大きく壊れたのは部屋を仕切る壁だけだった。戦後は地下壕の大部分が東ドイツの領域となり、鉄のカーテンの向こう側に隠されたことが幸いして、地下壕は歴史の記録から抹消された。1959年にも地下壕の残存部分を爆破しようとして失敗、放置されたまま人々の記憶からほとんど消えた。

 1980年代、ビルの建設工事に伴って総統地下壕のコンクリートの天蓋が密かに壊された。1990年、東西ドイツの統一を祝して催されたピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズのコンサート準備中に地下壕の残存部分が発見されたが、ベルリン当局が素早く対応し、その存在を隠した。その後の道路とビルの建設計画(地域の行政官の住宅の建設を含む)によって、地下の残存部分はさらに隠蔽された。

 1990年代ベルリンの観光客の多くが訪れた案内所「インフォボックス」でさえ、ごく近くにある地下壕跡には触れずにいた。

 ドイツ政府は一貫してその存在を無視してきたが、時が経るにつれ、地下壕の跡を知ることが、かつての主を称えることにはならないとの声が強まってきた。戦争にかかわる他の重要な場所、例えばアウシュビッツ・ビルケナウの強制収容所や、ナチス親衛隊とゲシュタポの本部跡にある「テロのトポグラフィー博物館」は、当時を知らない世代にナチス時代の恐ろしさを伝える役割を果たしている。

 総統地下壕の施設がどの程度残っているかは不明だが、一部でも残っていれば、歴史の教訓を伝えるために公開される日がくるかもしれない。今のところは、ホロコースト記念碑からわずか200メートルの閑散とした駐車場の真ん中に、地下壕の位置を示す2006年に立てられた看板がひっそりとあるだけだ。

地下壕がある場所の地上のようす。何の変哲もない駐車場になっている。(c) Tonythepixel

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