イルカ襲う、つぶらな瞳の無慈悲なアザラシ

他のアザラシやイルカを襲うハイイロアザラシが北海で目撃される

2015.02.09
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愛らしい表情を見せるハイイロアザラシ。海の人気者が、実際は「情け容赦のない捕食者」という証拠が相次いでいる。(Photograph by Brian J. Skerry, National Geographic)

 一見、ほのぼのした光景だった。2013年、北海に浮かぶドイツ領ヘルゴラント島。沖で2頭のアザラシがふざけ合っているらしく、そのうち波の下へ潜っていった。間もなく、不気味な赤い色が波間に広がった。2頭が再び水面に現れたとき、大きい方のアザラシがもう一方のアザラシの皮をはぎ、食べていたのだ。

「2頭は遊んでいるとばかり思いました」。環境コンサルティング会社「IBLウンヴェルトプランノン」の海洋生物学者セバスチャン・フアマンは振り返る。同氏が撮影した、襲われる若いゼニガタアザラシの写真は、『Journal of Sea Research』誌の2015年3月号に掲載される予定だ。「最初見たときは微笑ましいじゃれあいと思ったのですが、あっという間に光景は一変しました」

 ゼニガタアザラシを襲ったハンターはハイイロアザラシだ。長年タラなどの魚を食べると考えられてき海洋哺乳類だが、北海南部で一番どう猛な捕食者と見るほうが正確なようだ。

 最近の目撃報告や解剖結果を総合すると、この一帯でゼニガタアザラシやネズミイルカの体の一部を引きちぎったり殺したりしているのは、ハイイロアザラシだと考えられている。ハイイロアザラシに襲われたと見られるネズミイルカを解剖すると、水中で押さえ込まれ窒息して死んだ形跡があった。

 「かわいらしく、抱きしめたくなるような親しみやすい動物で、魚を食べているというイメージがハイイロアザラシにはあります」と話すのは、オランダ、海洋資源・生態系研究所の海洋生物学者マーディク・レオポルド。

 しかし、次々と出てくる証拠は、まったく反対の事実を示す。

見た目からは想像できない凶暴ぶり

 ずたずたに切り裂かれたネズミイルカの死骸が、北海南東部に沿った浜に大量に打ち上げられるようになったのは10年ほど前のことだ。当時、このイルカの大量死と、ハイイロアザラシとの関連性を考える人はいなかった。

 というのも、仮にハイイロアザラシに襲われてもネズミイルカなら泳いで逃げ切れると考えられていたし、ハイイロアザラシが魚以外の大きい生物を補食することは知られていなかったからだ。

 だが、いくつもの事実が積み重なるに従い、ハイイロアザラシは研究者のそれまでの認識を超えて凶暴なのではないかと考えられるようになった。

 2014年10月、『Marine Mammal Science』誌に掲載された論文には、2013年にフランス沿岸で、ネズミイルカのすぐ近くにハイイロアザラシがいきなり顔を出しイルカの頭にかぶりついた、という目撃談が紹介されている。

 また、ネズミイルカの傷跡をDNA分析した研究では、ハイイロアザラシがつけたものであることがわかった。『Proceedings of the Royal Society B』誌に2014年11月に掲載された論文によれば、ハイイロアザラシに襲われると、皮と脂肪の大部分がはぎ取られ、平行な3~5本のひっかき傷が残るという。

 切り裂かれたイルカやアザラシの死骸が、ニシオンデンザメなど他の捕食者によるものではないかとの説もかつてあったが、その可能性は研究者の間でも否定されている。ただ、ハイイロアザラシが「主犯」との見方を疑う生物学者も依然いる。スコットランド、セントアンドリュース大学の生物学者デーブ・トンプソンもその一人。ハイイロアザラシが補食したとされるゼニガタアザラシの多くは、実際には船舶のスクリューに巻き込まれて体がちぎれたのであり、ハイイロアザラシはその死骸をあさったに過ぎない、とトンプソンは考えている。

 「そういうことはあるにしても、この4年で北海に新たな頂点捕食者が現れたことは間違いありません」と語るのは、ネルソン・マンデラ・メトロポリタン大学(南アフリカ)のティボー・ブブルーだ。特にネズミイルカにとっては、ハイイロアザラシの脅威が増している。「問題は、その理由です」

 研究者は複数の仮説を唱える。たまたま漁網にかかったネズミイルカをハイイロアザラシが食べて肉の味を覚えた。あるいは、元々ハイイロアザラシが食べていた魚の数が急激に減少しているのかもしれない。

 「以前の状態に戻っただけだ」との見方もある。ハイイロアザラシは一時乱獲され、北海南部の一帯から姿を消した。近年になって数が戻り、再びコロニーを形成するまでになっている。

 理由が何であれ、他の動物たちはアザラシに警戒した方がいいだろう。澄んだつぶらな瞳でひれを振る愛らしいハイイロアザラシは、獲物を求める猛獣の可能性が高いのだ。


ハイイロアザラシ(Halichoerus grypus)は、北海では最大の捕食動物の一つだ。ドイツ領ヘルゴラント島の浜で、若いゼニガタアザラシ(Phoca vitulina)を襲うハイイロアザラシをとらえた写真。(Photograph by Sebastian Fuhrmann)

文=Traci Watson/訳=高野夏美

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