第10回 ニシオンデンザメと奇跡の機器回収

 サメの調査のために調査船「Nuliajuk」に乗ってカナダの北極圏に来ている。前回は、サメを捕獲するための延縄を海底に仕掛け、さあいよいよ巻き上げだというところまで述べた。今回はその続きである。

 右舷甲板に据えられたローラー機械は、デイビッドの操作でぐるぐると回転し、一定のスピードで延縄を巻き上げていた。巻き上げられてくるロープを私とアマンダが手で繰って、順々に後方に送っていく。そして船尾に立つナイジェルが大きなプラスチックの袋に、ロープをらせん状に収納していく。全身運動の忙しい作業である。

 海底は700mもの深さなので、海底に仕掛けられた一連の針が姿を現すには、20分以上の時間がかかる。私たちは黙々と作業をしながら、獲物が上がってくるのを今か今かと待った。

 やおらローラー機械を操作していたデイビッドが、「サメだ!」と叫んで機械を停止させた。皆、躍り上がって船べりに走り、ロープの先を覗き込む。するとロープが無茶苦茶に絡まり合っていて、その下にゆらゆらと揺れる大きな影が見えた。ニシオンデンザメだ。

 とたんに甲板に緊張がはしり、慌ただしく調査が始まる。ナイジェルと数人の船員が調査船から小型ボートを発進させ、ローラー機械の真下に回り込む。そして複雑に絡み合ったロープを解き、生きたサメのかかった一本のロープを引きはがした。

 そのままナイジェルはサメを引っ張り、小型ボートの横にはわせるようにしてサメを固定した。尾びれの根元に別のロープを回せば、全長3mを超える大きなサメも、身動きはとれなくなる。

ニシオンデンザメを小型ボートの横に固定。
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 面白いことに、ニシオンデンザメは引っ張られ、ロープで固定されても、ちっとも抵抗はしない。これは他のサメにはない際立った特徴であり、明らかに北極海の低水温の影響が見て取れる。水温0℃の海水中で、ニシオンデンザメのあらゆる生体機能はゆっくりとしか活動しないのである。

 さて、サメが固定されれば私の出番だ。私は記録計やビデオカメラの組み込まれたパッケージを持って、小型ボートに飛び移った。そしてサメの頭の上の皮膚に浅く穴を開け、ケーブルを通して、記録計のパッケージを取り付けた。海水は手がしびれるほど冷たく(なんせ水温0℃だ)、素手で長時間作業をしているナイジェルの苦労を知った。サメの体長を測定し、血液や組織等の採取をした後、ロープを解いてサメを放流した。

 自由になったニシオンデンザメは、尾びれをゆっくりと振って泳ぎ始め、静かに沈降していき、やがて見えなくなった。記録計は2日後に切り離され、海面に浮かび上がってくる予定だ。

ニシオンデンザメに記録計を装着。
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