第5回 伏兵アカマンボウの逆襲

 子供の頃は毎週月曜日発売の『ジャンプ』、水曜日発売の『マガジン』を首を長くして待っていたものだが、大人になり、研究職に就いてからは水曜に『PNAS』、木曜に『Nature』、金曜に『Science』をウェブでチェックしている。人気の漫画雑誌に面白い漫画作品が掲載されるように、有名な科学雑誌にはクオリティの高い科学論文が掲載される。「これで『Nature』かよ」と憤慨するようなひどい論文に時折出会うことも事実だけれど、一般論として、いままでの常識を覆すような大発見やスケールの大きな大論文が掲載されるのは、これらの有名科学誌だ。

 さて、5月13日(水)に出版された『PNAS』には、会心の出来と信じる私の論文が掲載された。マグロ類やホホジロザメは、魚類としては例外的に、まわりの水温よりも高い体温を保っている。その高い体温のために、マグロ類やホホジロザメは他の魚よりも速く泳ぎ、また他の魚よりもスケールの大きな回遊ができることを発見した論文である。

その号の表紙。
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 なおうれしいことに、その号の表紙は「Fish endothermy」(魚の内温性)という大きな文字とともに、私の投稿したクールなホホジロザメの写真が飾った。私は感激で胸を一杯にしながらも平静を装い、「今週号の『PNAS』見た?」などとわざとらしくまわりに言いふらして歩いていた。

 そんなふうに有頂天になっていた、そのわずか2日後。5月15日(金)の『Science』をチェックしていた私は、一篇の論文を見つけ、漫画のように目が点になった。なんとそこにも「Fish endothermy」の文字。魚の体温というピンポイントのテーマの論文が、驚くことに同じタイミングで『Science』にも掲載されていた!

 一体どんな論文なのだろう? タイトルを見ると、そこで扱われているのはアカマンボウである。アカマンボウ!? 私の研究したマグロやホホジロザメと比べたら、知名度も存在感もはるかに劣る地味な魚だ。少なくとも研究対象種のインパクトでいえば、私の論文のほうがはるかに上をいっている。

アカマンボウを持つ論文筆頭著者で米海洋大気局南西水産科学センターのニコラス・ウェグナー氏。(Photograph by NOAA Fisheries, Southwest Fisheries Science Center)
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 けれども論文のクオリティを決めるのは「何を発見したか」であって、「何を研究したか」ではない。はやる気持ちを抑えてじっくりと読んだところ、びっくり仰天してしまった。すごすぎる。これは大発見だと思った。人類がいままでに積み上げてきた生物に関する知見の山を、ひときわこんもりと高くする偉大な発見だと思った。白旗。参りました。

 というわけで今回は、最近『Science』に掲載されたアカマンボウの体温に関する発見を紹介したい。ネットのニュースなどで記事をご覧になった方もいらっしゃるとは思うけれど、アカマンボウの何がそんなにすごいのか、いまいち納得できなかった方も多いのではなかろうか。そこで魚の体温に関しては一家言ある(と信じている)私から、この発見の意義を噛み砕いてお伝えすることを今回の目標にしたい。

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