大西洋掘削が海洋生態系に及ぼすリスク

原油が流出すればクジラ、ウミガメ、700種の魚を脅かす

2015.02.03
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絶滅の危機に瀕するタイセイヨウセミクジラ。秋になると、カナダやニューイングランドの餌場からサウスカロライナ州やジョージア州の繁殖地に移動する。(PHOTOGRAPH BY NATURFOTO-ONLINE, ALAMY)

 米政府は、バージニア州からジョージア州にまたがる大西洋海域で石油やガスの採掘を解禁することを提案した。しかし、海洋学者らはこれに警鐘を鳴らす。この海域の採掘が海の生態系にもたらすリスクを検証した。

 オバマ政権が石油、ガス探査の解禁を検討している大西洋の海域は、堆積物で覆われた大陸棚が広がり、その先の断崖絶壁にはグランド・キャニオンより深い谷が待ち受ける。

 そこには地球上でも類を見ないほど活気に満ちた生態系が築かれている。700種の魚、5種類のウミガメ、回遊性のザトウクジラ、絶滅の危機にあるナガスクジラ、聴覚が鋭敏なセミクジラ。それに南から暖かい水と栄養を運ぶメキシコ湾流を目当てに、何百万もの海鳥が浮かんでいる。

 そんな豊かな海で石油・ガス掘削を行うことは危険に満ちている、と大西洋ならではの問題をよく知る専門家たちは口をそろえる。「もしすべてがうまくいけば、リスクは小さくて済むかもしれません。でもそんなにうまくいくことなど、本当にわずかな確率です」と、ノースカロライナ・ウィルミントン大学の海洋生物学者ラリー・カフーン氏は指摘する。

大西洋の深い海に暮らすアナゴ。(PHOTOGRAPH BY AGE FOTOSTOCK, ALAMY)

過去の教訓

 カフーン氏は1980年代、米国南東部における海洋石油開発の可能性を検討する諮問委員会の一員を務めたことがある。当時、モービル・オイル社がノースカロライナ州ハッテラス岬の56キロ沖合で石油の採掘を検討していた。生態系への影響は小さく、もし何らかの事故や流出が起きても、汚染物質は沖に流されるとすべての人が考えていた。

 しかし、一帯ではホンダワラという海藻が定期的に海岸に流れ着く。そのため事故が起きれば、漏れ出した石油も同じ潮の流れに乗って漂着する恐れがあると、カフーン氏らは結論づけた。「流出した石油の約30%がノースカロライナ州の海岸に打ち上げられることがわかりました」とカフーン氏は振り返る。

 また、地元の漁師はよく知っていたが、一帯は不毛の地とはほど遠い場所であることもわかった。「マグロの漁場であり、さまざまな魚が回遊し、北大西洋に生息するほぼすべての海鳥が繁殖地や餌場にしている場所だったのです」

大西洋の深海は、写真のサンゴ「Lophelia pertusa」など珍しい海洋生物のすみかになっている。(PHOTOGRAPH BY LOPHELIA II 2009: DEEPWATER CORAL EXPEDITION: REEFS, RIGS, AND WRECKS, NOAA OCEAN EXPLORER)

海岸から80キロは採掘不可

 今回提案された米政府の掘削計画では、海岸から80キロ以内の採掘権は認めないことになっており、かつてモービル社が採掘を検討していた海域は除外されている。

 それでも、当時と同様の生態学的な問題が浮上するはずと、科学者は警告する。大陸棚は北東部のニューイングランド沖から南部の海岸近くまで広がる。石油、ガス探査が計画されている海域の近くでは潮がぶつかり、深海と浅瀬の水が混ざり合う。冷たい水は浅瀬に栄養をもたらし、波とともに海岸に押し寄せる。プランクトンは太陽の光を浴びて繁栄し、海に戻ると魚や海洋生物の餌になる。

 バージニア州の沖では、大陸棚の先にある深い谷が有機物を取り込み、最近記録が始まったばかりの生き物たちを支えている。沿岸部ではほぼ姿を消してしまった体長1メートルほどのタラの仲間カスクも暮らしている。

 ノースカロライナ・ウィルミントン大学で海底峡谷や深海のサンゴ礁を専門とするスティーブ・W・ロス氏は、次のように述べている。「流出事故が起きれば、生態系のあらゆる部分が危険にさらされます。“消えてしまっても大丈夫”と言える場所などほとんどありません」

文=Craig Welch/訳=米井香織

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