涙なくして語れないタマネギの歴史

Photograph by David Goehring/Creative Commons 2.0

 これまで人が食べたタマネギで一番高価だったのは、1630年代にチューリップを運ぶ船に乗っていたある船員が食べたものだろう。少なくとも、食べた本人はそれをタマネギだと思っていた。

 時は、ヨーロッパがチューリップに沸いていた「チューリップ・バブル」の時代。中東からもたらされたこの植物は投機の対象となり、品種によっては天文学的な値段がついていた(その後バブルははじけ、多くのチューリップ投機家が破産する)。

 うっかり者の船員がタマネギと間違って食べてしまったのは、チューリップの中でも特に高価なセンペル・アウグストゥスという品種の球根だった。この球根は一般市場では1個5500フロリンという高値で取引されていた。5500フロリンと言ったら庶民の年収の10倍以上に相当する額。これを知った船員は、どうりでずいぶんまずいタマネギだったと言ったという。

古代ローマ軍を奮い立たせた

 タマネギは、ニンニク、エシャロット、ラッキョウなど700種あまりの仲間が知られるネギ属の一種。感覚を強烈に刺激するタマネギとその仲間は、歴史的に悪霊や吸血鬼、ヘビ、トラ、ペスト、風邪にいたるまで、ありとあらゆる厄介者を撃退すると信じられてきた。

 タマネギの仲間は戦いとの関係が深い食材だ。古代ギリシャではオリンピック競技への出場をめざす運動選手にタマネギを食べさせていたし、古代ローマの剣闘士はタマネギの汁でマッサージをしてから闘技場に入場した。

 ネギ属の植物をヨーロッパじゅうに広めたのはタマネギ好きの古代ローマ軍だったという。専門家によると、ニンニクの栽培地の広がりからローマ帝国が拡大する様子がわかるらしい。敵と戦う力と勇気を高める作用があると信じられていたタマネギやニンニクは、ローマ兵にとっておいしいだけでなく、軍事上も有用な食材だった。人々は闘鶏や軍馬の闘争心を高めるためにニンニクを食べさせていたし、アリストファネスの紀元前5世紀の喜劇『騎士』には、兵士たちが戦いに備えてニンニクを腹いっぱい食べる場面がある。